番組表

広告

スペシャルアーカイブ一覧

#267

ウクライナ領土奪還なるか “大規模反転攻勢”の行方

ウクライナ軍がロシアに奪われた領土を奪還するため、大規模な反転攻勢に着手しました。2023年6月11日『BS朝日 日曜スクープ』は、ヘルソン州のカホフカダム決壊が及ぼす影響を議論するとともに、激闘が続くドネツク州、ザポリージャ州での戦況を特集しました。ロシア軍は、大量の地雷を敷設して堅牢な「防御線」を築いています。ウクライナ軍は、どのようにして突破口を見出すのでしょうか。

■ダム決壊後の対応「ロシア側に責任」

菅原

奪われた土地を取り戻すため、ウクライナにとって重要な、大規模な反転攻勢が始まりました。
ロシア軍の防衛線を突破するため、4つの方面で攻勢をかけているとされています。戦況を詳しく分析していきます。では、本日のゲストをご紹介します。元モスクワ支局長で、朝日新聞論説委員の駒木明義さんです。よろしくお願いします。

駒木

よろしくお願いします。

菅原

そして、もう一方です。ロシアの安全保障がご専門です。防衛省防衛研究所、長谷川雄之さんです。

長谷川

よろしくお願いします。

上山

最初のテーマです。『「反転攻勢」開始の2日後にダム決壊 ロシアが被災者に砲撃も』詳しく見ていきます。

まずこちらがヘルソンの地図です。ウクライナ南部ヘルソン州のドニプロ川沿岸の状況です。ドニプロ川を挟んで、西岸がウクライナが統治している地域。そして東岸が、ロシアが侵略し奪った地域です。

6月6日未明、カホフカダムが決壊しました。こちら側の貯水池から水が下流に流れていき、あふれ出しました。東京23区とほぼ同じ面積が浸水したということです。いかに大規模な浸水だったかということがわかります。この洪水によりまして、ウクライナの統治している地域では、亡くなった方が5人、行方不明者が27人という被害が確認されています(6月11日放送時点)。一方でロシアが支配している地域では死者が8人と、ロシア側の当局者が発表しています。そして約2万2000棟が浸水していると見られています。しかしながら、ロシア側では救助活動が行われていない可能性が指摘されています。

浸水エリアを見てみますと、青い斜線が、ウクライナの統治地域で浸水したエリア、そしてドニプロ川を挟みまして、赤い斜線がロシアの支配地域で浸水したエリアです。赤と青のエリアの大きさを比較しますと、やはり明らかに赤い斜線、ロシアの支配地域の方がより広い範囲に渡って浸水しています。ロシアが救助活動を行っていないという情報もあり、このあたりで一体どういった被害が出ているのか、非常に心配な状況です。

ロシアの支配地域から避難してきた女性の話です。「ロシアの支配地域では、多くの人が溺死しました。子どもたち、母親、赤ちゃん、おじいさん、おばあさんの遺体がたくさん浮いています」という証言がです。

さらに、このような状況もあります。「占領地域のロシア軍は、ロシアのパスポートを持っていない人々の避難や援助を拒否している」。ロシアのパスポートがない人たちは援助しないということなんです。駒木さんにまず伺います。ウクライナ側も洪水の被害が出ていますが、救助活動が行われていないと言われているロシアの支配地域では、どういった被害の状況になっているのか、非常に心配な状況ですね。

駒木

おっしゃる通りですね。しかも、ロシアの支配地域とはなっていますけど、まごうことなきウクライナの国土であり、ウクライナの住民の方々が被災しています。そういう方々に救助の手が届かない、あるいは実態の調査もできないということですよね。

実は、国連の人道問題調整事務所の方が、「ロシア側が調査を拒否している」と、「我々は入っていけないんだ」ということを言っていますし、あるいはトルコのエルドアン大統領も、この災害後にプーチン大統領と電話して、そして「国際的な調査委員会を作ろう」と。国連とトルコも参加するという、穀物を輸出する枠組みと同じような形で、人道的な災害なんだから実態調査をしようと言っているのですが、プーチン大統領は、どうもこれに応じていないということです。

しかも、この災害は今回、どれだけの犠牲が出ているかわからない上に、ドニプロ川の治水の根幹を担ってきたダムそのものが破壊されてしまった。その影響がどれだけ長く続くのか、農業にどういう影響を与えるのか。発電所の損失はどう修理されていくのか。そういうことは全くこれからという話なのに、調査さえできないと。これはロシア側に非常に責任がありますよね、そういうことを認めないということは…。

■「ロシア軍の行動パターン、変わっていない」

上山

しかも、こうした浸水した地域で、被災した民間の方々に対して、ロシア軍がなんと攻撃を続けている、こういった情報も入ってきています。ウクライナ、ヘルソン州のプログジン知事が「洪水被害を受けたヘルソンで、ロシア軍の砲撃によって25歳と50歳のボランティアの2人が負傷」と発表しています。

さらに、ドニプロ川沿いに住むタチアナさんという方の話ですが、「避難バスが到着し始め、人だかりができました。多くの人が自分の荷物を車で避難させようとしました。その時、ロシア軍はかつてないほど迫撃砲を撃ってきました」。これは、人々が避難するために集まってきたような場所に対して、ロシア軍がかつてないほど迫撃砲を撃ってきたと、このような証言も出ているわけなんです。

長谷川さん、ロシア軍が浸水した地域に攻撃するのは、軍事的には何か意味があることなんでしょうか。

長谷川

ダムの決壊の前から、基本的にはロシア軍の行動パターンはそこまで大きく変わっていないと思います。やはり、首都キーウの空爆など、軍とは関係ない民間の人々に対しても相当な攻撃を仕掛けてきました。

さらに言いますと、やはり、今回のダム決壊によって、ロシア軍が展開している地域にもある程度影響があったということで…。

上山

そうしたところに、ロシア兵もいたという話が出てきていますが。

長谷川

そうなりますと、ロシア軍の方にも被害が出ていて、相当、混乱状態にあるとも見えます。

■「人為的な爆発物で…」現時点で考えられること

上山

カホフカダムの決壊は、いったい誰が行ったのか。これについては、ウクライナ、ロシア双方が、相手がやったと非難をしているわけですが、そうした中で、ウクライナの保安庁がこのような音声データを公開しました。ロシア兵の会話を傍受したというものです。

1人目の兵士が「ウクライナではなく、ロシアの兵士がやった」と話しまして、もう1人が「本当か?最初はウクライナ兵がやったという話があったが」と確認するやりとりです。ポイントがこの後ですが、「ウクライナ兵ではなく、我々の破壊工作グループがやった。計画以上の結果になった」。このように、計画以上の結果になったという話をしているんです。駒木さん、これが事実であれば、決壊させたのはロシア軍と、ただし当初の計画ではないことになったというニュアンスが、このやりとりから伺えるのですが、どのようにご覧になっていますか。

駒木

可能性としてあると思うのですが、ただ、ウクライナ保安庁が公開した音声というものを、どれだけ信憑性を持って受け止めるかという議論の余地はあると思います。情報戦の一環である可能性は大いにあるわけです。

おそらく今回の決壊が人為的な爆発物によるものであろうことは段々とわかってきたと、つまり、アメリカの報道ですけども、アメリカの早期警戒衛星が赤外線、爆発によるものと思われる熱源を感知していたという報道がありました。それからノルウェーの地震計がやはり爆発と思われる、揺れを観測していたということからすると、おそらく必然的な決壊というよりは人為的なものである。じゃあ、どちら側か、ということですが、やはり、これだけの長年にわたる被害を自分の国の領土につくることは、ちょっとウクライナがやるとは考えにくいですよね。確かに、ロシア軍も被害を受けているし、あるいは、クリミアへの水源地を破壊するという意味合いがないわけではないですけれども、それ以上に被害が桁違いに大き過ぎる。それをやることに見合わないだけの犠牲を伴っていまよね。

最初は、私はダムの上を通っている道路を破壊するつもりで爆発したものが、決壊を招いてしまったのではないかと思ったんですが、実は11月に既にダムの上の道路と鉄道というのは、ロシア側によって破壊されていて、最近の衛星画像を見ても、そこはまだ復旧されていないのですね。だから、新たに破壊する意味合いもないということで、そうすると、ロシア側がかなり意図的に、それなりの爆発物、威力を持ったものを爆発させたことが、今回の結果につながったのではないかと、今の段階ではそういう見方に傾いています。

上山

デメリットの大きさを考えると、ロシア軍によるのではないかという話が出てきています。杉田さんはここまでいかがですか。

杉田

私も、駒木さんがおっしゃった通り、やはりロシアの行動という可能性が大きいだろうなと思います。1つご紹介すると、第2次世界大戦のときに独ソ戦があるわけですが、ドイツ軍が今回のウクライナ軍と同じように、ドニプロ川の渡河作戦で当時のソ連領を東に向けて進撃しようとしたときに、1941年8月末、ドニプロ川の貯水池を破壊して、洪水を起こしてドイツ軍のソ連領内への進撃を食い止めようとしたという事実があります。ソ連は爆破した直後に政府として、この事実を発表している行為です。

今回はまだ、どちらかが行ったのかというのはわかりませんが、こういった形で、一般市民の生活や農業も含めた巨大な被害を作り出してでもいいから、作戦を有利に、戦争を少しでも有利に進めようという歴史的な事実があります。今回もそうした考えがそのまま使われているんじゃないかと思います。そういう意味では、恐ろしさを感じますね。

■“大規模反転攻勢”着手のタイミングどう見る

菅原

続いてのテーマはこちらです。『ウクライナ「大規模な反転攻勢」開始 防衛戦で激しい戦闘に』詳しく見ていきたいと思います。

まずは、ウクライナ、ロシア双方のリーダーが大規模な反転攻勢の戦闘に突入していることを認めています。まずはウクライナのゼレンスキー大統領、6月10日です。「ウクライナでは反転攻勢が始まっている。現段階では、どこまで進んでいるか、詳しいことは話さない」ということで、大規模な反転攻勢が始まっていることに初めて言及しました。

一方、ロシアのプーチン大統領は6月9日インタビューで、「ウクライナの攻勢が始まったと断言できる。これまでの反攻の試みは全て失敗したが、ウクライナ政権には攻勢の潜在能力がまだ残っている」と話しました。潜在能力が残っていると話しましたように、今後のウクライナの攻勢に対して警戒しているようにも映ります。

では、ウクライナが始めました大規模な反転攻勢、どれくらい続くのか。10日のBBCはこうした分析です。『この攻勢はおそらく「5ヵ月」も続かないだろう。秋雨が降れば、再び重装甲車が通れない(泥濘の)地面になる』ということです。

ウクライナは春と秋の泥濘の時期があるわけで、秋の泥濘期が来るので、5ヶ月間の限定された戦いになると見ています。では、この5カ月間でウクライナがどれくらい領土を奪還できるのか、ここが注目ポイントとなっていくわけです。長谷川さん、まず伺いたいのは、この反転攻勢については、いつ始まるのか、世界中がずっと注目をしてきたわけですが、このタイミング、どのように分析していますか。

長谷川

これは2つの観点から説明できると思います。1つ目としましては、ウクライナ軍の事情というもの。そして2つ目としましては、ゼレンスキー大統領の外交日程というもので、この2つから紐解きます。

1つ目のウクライナ軍の事情としましては、やはり西側からの武器の供与、これがどのくらいのタイミングで行えるのか、それに加えまして、やはり、それらを操縦するための訓練の期間、こういったものが十分に必要だったというところです。そこに新たな変数として入ってきたのが米国のリーク文書だと思うのですね。これが出たことによって、これまでの練ってきたものに狂いが生じ、タイミングには影響したと思います。

2つ目のゼレンスキー大統領の外交日程についてですが、G7広島サミットがありまして、西側からのさらなる支援、そしてその継続性というものが確認をされたわけです。この次には、リトアニアの首都ビリュニスにおけるNATO首脳会談を控えているということがあります。やはりウクライナは相当、NATO首脳会談に期待感を持っていると思います。その場で、これまでのウクライナへの武器供与などが非常に効果的になっているということをNATO諸国にアピールする狙いがあり、しっかり戦果を出すために、やはりこのタイミングではやらざるを得ないのかなと思います。ただし、その一方で、やはり当然、焦りも見えてきますので、今後の展開が非常に注目されます。

■ウクライナ反攻「ダム決壊でヘルソン州が外れて」

菅原

では今回の大規模な反転攻勢、どのあたりで行われているのでしょうか。まずはアメリカの戦争研究所の分析です。『ウクライナ軍は6月9日、前線の少なくとも4つの地域で「反攻作戦」を継続した』と、4つの地域で攻勢をかけていると分析をしています。

ではその4つの地域、どうなっているのか、こちらの地図で見ていきます。青い矢印、この4つが今回の反転攻勢の方面だと分析をしています。まず東部に2つあります。

さらに南部に向けても2つ、この4つの地域で反転攻勢が行われているようです。

長谷川さん、この4つの方向への攻勢について伺いたいんですが、分散させての攻勢については、ウクライナ側はどんな狙いがあると思いますか。

長谷川

やはり1つの正面にロシア軍を集中させるようなことは防ぎたいというところですね。各4つの正面、それぞれで一定程度の、別の戦闘を継続して、そこにロシア軍を引きつけておくということで、ある程度相手の軍を分散させるという狙いがあると思います。

菅原

1点突破、集中させるよりも、ある程度、分散させる、その数は多い方がいいということなのでしょうか。

長谷川

さらに、その4つというよりも、ヘルソン州の正面もやはりあったはずなんですよね。

菅原

さらに西側ということですね。

長谷川

右岸から左岸への渡河作戦を含めて、ロシアにプレッシャーをかける選択肢もあったはずなのですが、ただ今回、ダムの決壊がありましたので、当面は4つに絞られてきたかなと思います。

ドニプロ川の渡河作戦をめぐっては、6月30日の戦争研究所のレポートによると「ウクライナ軍の部隊、最大70人は、アントニフスキー橋の下に塹壕を築いている」との分析がありました。ウクライナ軍は対岸のヘルソン市にS-300地対空ミサイルを配備し、渡河した部隊を掩護するためとみられていました。しかし、ロシア軍は、イスカンデルミサイルで、渡河部隊の陣地を攻撃。さらに、6月30日のCNNは、「ロシア軍特殊部隊が川からボートでウクライナ軍部隊の後方に回り込んで掃討作戦を行った」と伝えました。その結果、「ウクライナ軍がドニプロ川東岸に築いた戦略上重要な足場は、ほぼ1週間の激しい戦闘の末、消滅したと親ロシア派知事が発表した」とされています。

7月2日放送より

■ウクライナ反攻 バフムト郊外で“逆襲”

菅原

こういった形で4つの方面での反転攻勢が伝えられていますけれども、1つずつ戦況分析をしていきたいと思います。まずは東部の1つ目、こちらはルハンシク州のクレミンナのあたりに向けての攻勢です。この辺りは冬からロシア軍が攻勢をかけていた地域ですが、ウクライナ軍は守りでした。そこから今回は、攻勢に転じる形となっています。

そして2つ目の攻勢、矢印が2番目のもの、バフムトに向けての攻勢です。バフムトは5月20日にロシア軍が制圧したと主張した地域ですが、ここで今回、ウクライナ軍が攻勢を強めていると戦争研究所が分析をしています。ただ一方で、ロシア軍も激しく応戦しているという情報があります。

上山

こちらが東部のバフムトの地図ということになります。この地図、緑の点線で囲まれているのがバフムトの市街地、東京で言うと、山手線の内側の7 割くらいの面積がこの地域ということになります。バフムトの市街地を含めまして、赤のエリア、ロシア軍の支配地域というのが広がっているますが、そこに対して青の矢印、ウクライナ軍が反撃をしている状況です。

まずウクライナの東部方面軍のチェレバティ報道官ですが、「ロシア軍の部隊がこの地域を十分に把握しておらず、適切な偵察や連携を行うことができていないことを利用して、数日前からウクライナ軍に突撃を実施している」と話しています。ロシア軍の隙を突いて、ウクライナ軍が進軍しているという情報です。ウクライナ軍、バフムトでは6月4日、ちょうど1週間前から、郊外での攻勢を強めていると見られています。

まず北側から見ていきます。ロシアの軍事ブロガーは「ウクライナ軍がオリホボ・ワシリフカから前進して「E40高速道路」に沿った高台を占領した」と主張しています。さらにその南、ベルヒフカについては、民間軍事会社ワグネルの創設者プリゴジン氏が「ベルヒフカの一部が失われた。ロシア軍は静かに逃げている。恥ずべきことだ」と、ロシア軍がベルヒフカというところから逃げているんだと主張をしています。

また、バフムトの市街地から南側を見てみますと「ウクライナ軍がシベルシキー・ドネツ運河の西岸に沿って幅1.8kmって1.2km前進し、ロシア軍を撤退させた」と、ウクライナ軍が押し込んでいるという情報が出てきています。バフムトの市街地に対して北側と南側から囲むようにウクライナ軍が攻勢をかけているという状況ですが、長谷川さん、ウクライナ軍の反転攻勢4ヵ所、そのうちの1つ、バフムトでの戦いは、全体の作戦の中ではどういう位置づけになりそうなのでしょうか。

長谷川

バフムトは激戦地ということで、これまで長い期間にわたり激しい戦闘が繰り広げられていた地域です。やはり民間軍事会社のワグネル、プリゴジン氏が国際的に、非常に発信力があって、政治的にも相当目立つような地域になってしまいました。

ウクライナはこの地域について、軍事的な観点からどのくらい重要かということは別としましても、バフムトを奪還することは、内外への政治的、外交的なメッセージとして非常に重要になってきているということで、やはり今、ご説明にあったとおり、北と南から両方から入っていて、特に北の方には台地、高台などもあるということですので。

上山

この辺りが高台だということなんですね。

長谷川

そうですね。一部高台があると。その高台を取ることによって、さらに攻撃しやすくなるというところもあります。その一方で、ロシア軍側はやはりワグネルとか、色んな部隊が入っていたことがありますので、新しく入ってきたロシア軍としては、おそらく威力偵察がまだ十分ではないんじゃないかなと私は見ています。その結果として、かなり北と南の方でウクライナ軍が入るのを許している状況かと思います。

上山

ロシア側はこの辺りの地域で偵察などを上手くできていなくて、その隙を突いてウクライナ軍が反撃に転じているのかという分析です。一方で、新たな情報も入ってきました。ロシア軍の動きですが、ベルヒフカ周辺と貯水池の南で反撃を行っている、そして、ウクライナ軍を押し返したということです。どうもロシア軍が激しくウクライナ軍に反撃しているという情報です。

さらに、米当局者の話として「武装したロシア軍は、対戦車ミサイルや手榴弾や迫撃砲で“強固に抵抗”。深く掘った塹壕の中で持ちこたえている」と。そして「地雷原により、ウクライナ軍の装甲車両にも大きな損害が出ている」ということです。非常に戦闘が激しくなってきていますが、長谷川さん、ウクライナ軍としましては、やはりロシアの抵抗が強まるということはある意味、狙い通りの面もあるのでしょうか。

長谷川

当然、戦闘の烈度を上げていくことによって、ロシア軍をここに引きつけておくということができます。彼らがここから大きく機動するということは、しばらくないと思います。ただし、ご指摘があった通り、防御線といいますか、地雷原などが相当あるところで、実際にウクライナが失地を回復していくためには、障害を取っていかなくてはなりません。簡単に進軍するかと言うと、そこは難しいかと思います。

■バフムト攻防とプーチン政権

上山

駒木さん、バフムトは先ほどもお話がありましたけれども、政治的に非常な重要な場所で、ロシア軍としては、やはり取られてはならないという心理になるのかどうか。押されると、やはり戦力を増強して、何としてでも守らなきゃいけないという心理になるのかどうか、この辺りどうでしょうか。

駒木

政治的に非常な重要な場所になってしまったと思いますね。戦略的にどこまでの重要性があるかと言うと、現状では大いに疑問です。ロシアがバフムトを攻略したと言ってから、そこを拠点に占領地を広げるという動きは全く見られないわけですが、5月20日、G7広島サミットの最中、バフムトを占領したことに対して、プーチン大統領は祝意のメッセージというのを、文章ですけども公開するわけですよね。

これは、去年11月、ヘルソン市からロシア軍が撤退してから、ほぼ唯一の目に見える戦果として、プーチン大統領が自ら賞賛の言葉を発出してしまう。しかも、ワグネルの名前を出して、これはワグネルに対して大きなお墨つきになってしまったわけですが、それをわずかな期間の間に、まだ1カ月も経たないのに、また奪われるということは、さすがにできないというメンツをかけた場所になってしまったということはありますよね。そうすると、やはりプーチン大統領が称賛したバフムト攻略は、一体何だったんだということになりかねない意味を持ってしまったと思います。

上山

プーチン大統領の威信をかけても、ここは守らなきゃいけない地域になってしまったということなのですね。先ほど、長谷川さんのお話にもありましたけども、駒木さん、バフムトで戦っていたワグネルが5月20日、制圧した後に撤退していったことで、この辺りのロシア軍の状況が上手くいっていないのか、不安定の要因になっているのか、この辺りはどうなんでしょうか。

駒木

私はむしろ逆で、そうやって安定して占領できる見込みがないから、ワグネルは引いたと思いますね。つまり、ワグネルは自分の手柄をとって、そして先ほど言ったように、プーチン大統領から名前を挙げてもらったと、これで得るものは得たと。この後、長くいてもろくなことはないと、そこから占領は広げられないし、いつまで守れるかわからないということで、あとはロシア軍に押し付けて引いていったということじゃないかと。

上山

杉田さんは、ここまでご覧になって、いかがですか。

杉田

バフムトをめぐるこれまでの長い戦いと、政治的意味合いと、今回の状況というのを論理的に理解するのが非常に難しいですね。おそらくプーチン大統領がG7広島サミットの開催中に、バフムト陥落を祝したことは、広島サミットに対抗して、西側の結束に冷たい水を浴びせるという、彼の政治的なメッセージだったと思うんですよね。

というふうに考えてみると、バフムトの陥落というのは本当の陥落だったのかどうか。駒木さんがおっしゃったように、戦略的に意味があるということとは異なる話だったという思いがしています。ですからバフムトは4つの軸の1つであるのは、間違いはないと思うのですけども、ここに注目していると、本当に重要な、いわゆるこれから話が出てくる南部についての焦点がぼけてしまうのではないでしょうか。

ウクライナ軍はバフムトの市街地には入らず、郊外で攻勢を続けています。特に焦点となっているのは、市街地の南側です。ウクライナ軍は、「クリシチフカ」の高台を制圧するなど、南側に激しい攻勢をかけ続けているといます。ウクライナ軍は、さらに南の集落にも前進を試みています。

8月6日放送より

■ウクライナ反攻 ドネツク州境の南下

菅原

では、その南部です。反転攻勢の3つ目の矢印を見ていきたいと思います。こちらです。ザポリージャ州とドネツク州の州境ということになります。6月4日からウクライナ軍がベリカ・ノボシルカという町から南へ向かって攻勢をかけていると見られています。

攻勢をかけている先にあるのがマリウポリ、それからベルジャンシク、ロシア軍が制圧をしている港湾都市です。

この3つ目の矢印、この辺りの戦況を、フリップを使って見ていきます。

ベリカ・ノボシルカという町が黄色い枠ですけれども、ここから南への攻勢があり、順調に前進しているという見方があります。まずは6月10日のロシアの軍事ブロガー『ライバー』の分析です。「ウクライナ軍が大規模な進軍を行っており、“ほぼ戦闘無し”で、ブラホダトネを占領し南下している」。この辺りの町を戦闘なしで占領して、さらに南に向かっているということです。

さらに、この地域の分析では「ベリカ・ノボシルカ近郊のロシア軍の前線防衛線(全長約20km)ほぼ全体が壊滅」「ウクライナ軍がネスクネとノボドネツケを解放」したという分析。さらに赤くなっています、ロシアの支配地域ですが、「ウクライナ軍がウロジャイネという町まで前進をしてきていて、この村付近で戦っている」こういった分析が出されています。長谷川さん、この3つ目の方面、ザポリージャ州とドネツク州の州境の攻撃軸については、どう見ていますか

長谷川

この3つ目の正面に後ほど4つ目のザポリージャ州本体の正面も出てきますけれども、ここら辺はセットで見ていく必要があるかと思っております。やはり、この正面は行き着く先としましてはマリウポリがあります。そこからアゾフ海へと到達する重要な軸ですね。そうなると、これは仮に成功した場合には、ロシア本土からクリミア半島への兵站線を断つことができる。

菅原

分断できるということですね。東側と西側を分断できる。それがこの3つ目。

長谷川

戦略的に極めて意味のあるラインということにはなります。少し細かい話になってきますと、ベリカ・ノボシルカというところ、そちらから南の方に下っているということで、ネクスネと書いてある地域(ニスクーシュナエ)がウクライナ軍によって奪還されたという報道もありますので、ここの正面では、ある程度進んできていると思います。

ただ気をつけなくてはならないのが、ロシア軍側も相当、防御線を引いておりますので、ウクライナ軍が逆にロシア軍に有利なところまで引き付けられているという可能性もあります。それで待ち受けた部隊によって、破滅させられる可能性もあるので、もちろんウクライナ軍としては相当、威力偵察をして反転攻勢に取り組んでいると思いますけれども、一部にはやはり西側供与の戦車などが攻撃をされている映像も出回っていますので、まだまだ慎重に見なくてはいけないと思いますね。

菅原

あえて進軍させている、引き付けている可能性もあるということですけども、駒木さんはこの第3の方面をどう見ていますか。

駒木

色々わからないわけですね。映像も全く出てこないですし、これは去年2月にロシアが侵攻してきた時とは全く状況が異なっていて、SNSを通じて戦況をあげてしまうような兵士もいないし、実際のところはわからないのですが、断片的に伝わっている状況の中では、4つの戦線のうちで一番、ウクライナが有利に進んでいるとされているところです。

これが続いていくかどうか。今、まさにお話があったように、ロシア側が待ち受けているような形になるのかどうなのか。今の時点ではあるとされている勢いが持続されるのかどうかというところが、一番重要だと思いますね。

7月27日、ウクライナ軍は「スタロマイオルスケ」を解放したと発表しました。ウクライナ軍が奪還した「スタロマイオルスケ」は、ウクライナ軍の攻撃拠点である「ベリカ・ノボシルカ」から南におよそ10㎞に位置していて、この方面の、ロシア軍の最初の拠点という指摘もあります。

7月30日放送より

■ウクライナ反攻 ザポリージャ州西部での激闘

菅原

ドネツク州境での攻勢と長谷川さんがセットだとおっしゃっていた、4つ目の攻勢の矢印がこちらです。ザポリージャ州に向かっている4つ目の矢印です。

こちらは6月8日の未明に攻勢が始まったと見られています。ここは、以前からウクライナ軍が反転攻勢をかける最有力候補と分析されていました。この先にありますのが重要都市のメリトポリ、さらにクリミア半島へと繋がっていきます。まさにウクライナ、ロシア双方にとって戦略的に重要だと言われている地域です。

では第4の矢印の、赤く四角で囲みました、この辺りを見ていきます。

上山

それがちょうど、この範囲ということになります。ここは、赤いロシアの支配地域が南に広がっている状況です。それに対して、青の矢印が沢山、出ていますが、ウクライナ軍が様々な攻撃を仕掛けているということです。

ウクライナ軍の状況ですが、ロシアのショイグ国防相によりますと「8日午前1時半にウクライナ軍がザポリージャ方面において 第47独立機械化旅団の1500人の兵力と150台の装甲車で、我が軍の防衛線を突破しようと試みた」としています。この情報からしますと、ウクライナ軍が南に向けて午前1時半ごろ、攻勢をかけたということです。

さらに先ほど紹介しました、新たにドニプロ川に近いエリアでも、ウクライナ軍が攻勢をかけているという情報が入ってきています。まず、ルホベというところ「ウクライナ軍が地上攻撃」を行っているという情報が入ってきています。さらにロブコベ、ここでは「ロシアの軍事ブロガーはウクライナ軍が制圧したと主張」している地域です。さらに、もう1つ少し南に入ったところ、フロゾベというところでは「ウクライナ軍が進軍したとの情報」、前線からは数km南に入ったところですが、ここでウクライナ軍が進軍しているという情報がありまして、こういった3ヵ所で、ウクライナ軍が進軍しているとのことです。

長谷川さんに伺いたいのですが、まずウクライナ軍は全体像として、この攻撃軸に力を入れている、「圧」をかけているのは、どういう意味合いがあるんでしょうか。

長谷川

ここがいわゆる主攻勢なのかどうかというのが、ポイントになってくると思います。

上山

メインの攻撃軸かどうかがポイントになってくると。

長谷川

そうですね。いわゆるトクマクからその南の方はメリトポリなわけですね。

上山

さらに南に行きますと、メリトポリにつながっていくのがトクマクということですね。

長谷川

まずはトクマクが焦点になるんですね。ここまでウクライナ軍が到達できるかという話ですが、やはり結構、ロシア側も効果的に防御をしているのではないかと言われています。ウクライナ軍も探り探り、進めている状況かなとは思います。やはり一部、この後出てきますけれども、西側供与の戦車なども攻撃をされているという話もあります。

上山

ウクライナ軍が攻撃を仕掛けた時間帯、8日未明いうことで、あたりが暗かったと思うのですが、そういった時に進軍を開始するというウクライナ側の戦い方については、長谷川さんはどのようにご覧になっていますか。

長谷川

西側供与の戦車、兵士用の装備品というのは、暗視装置、暗視ゴーグルなども含めて、夜間でも非常に使い勝手がいい。やはりロシア軍の装備品に対して優位性が持っているのは、夜間なのかなと私は思っていまして…。

上山

逆に言うと、ロシア軍としてはそういった暗視スコープは持っていない。夜間の戦闘はあまり得意ではないということですか。

長谷川

軍の近代化ではロシアは西側と比較して明らかに遅れていますから、装備品については暗視ゴーグルなどの配備状況や性能も十分ではないというところです。ウクライナ側の優位性というのを発揮するためには、やはり夜間に押すというのが一番の手かなと思います。

■西側供与の車両破損「人命を守るため」

上山

ウクライナ軍の反転攻勢、ザポリージャ州の西部を今、見ている状況です。ウクライナ軍は反転攻勢が始まっているということですが、実は、ウクライナ軍についても損害が出ているという情報が入ってきています。

欧米から提供されました「レオパルト2」戦車3台、「ブラッドレー歩兵戦闘車」11台、さらに、軽戦車とも呼ばれているフランスが提供した「AMX-10RC」2台が、ロシアの攻撃によって損傷を受けたと見られるということです。長谷川さん、激しい戦いだからということが言えるのかもしれないのですが、ウクライナ軍が受けた損失については、長谷川さんはどのように評価していますか。

長谷川

これ自体がまだちょっと真偽が不明な部分がありますので、なかなか評価しづらい部分ではあります。仮に攻撃を受けた場合という話ですが、西側の戦車といえども、ロシア軍から真正面から攻撃を受けた場合には当然、損耗するということで、これ自体は不思議な話ではないと思います。

ただし今回、比較的、人命については助かっている可能性があるというところで、脱出した後の映像も一部出回っているわけですね。供与される武器というのはある程度、今後も入ってくると思いますが、これを操縦する軍の兵士というのは替えが効きませんので、そこがある程度、守られていれば、ウクライナ側はそこまで大きな損失ではないでしょう。

今回の損失を受けて、おそらく何らかの練り直しをしてくると思います。予想以上にロシア側が対戦車ヘリなどを効果的に用いて、かなり激しく攻撃したという反省を踏まえて、ウクライナが攻勢にまた出てくる可能性があります。

上山

西側からの戦車がかなり損傷しているようにも見えますが、この中にいた人は大丈夫だったんじゃないかという情報で、それだけ戦車としては堅固な作りになっているということも言えるのですか。

長谷川

装甲は非常に厚いと思います。もちろん「レオパルト1」とか「レオパルト2」でも装甲は違うわけですけれども、「レオパルト2」であった場合については、バージョンにもよりますが、かなり装甲などがしっかりしていて、中にいる人、人命が比較的守られやすいということです。これまでの「T-72」など、ソ連式の戦車に比べると、乗員の命というのは守られる可能性がありますね。

上山

さらに映像にはこのような場面というのもありました。こちらです。このように細い道を1列になって、ウクライナの車両が連なっている場面も確認できました。

思い起こすのが、ウクライナ侵攻の初期の頃です。ロシア軍がキーウ侵攻の時に、このような車列を作って、その時にはウクライナ軍に狙い撃ちされたことがありました。長谷川さん、これはウクライナ軍の車列ということで、今度もまた1列になっている状況。同じミスを犯しているようにも素人ながらには見えてしまうんですけれども、これは失敗ということなんでしょうか。

長谷川

周りは防御線が敷かれていて、地雷原となってきますと、戦車が通るための道というものを確保しなくてはならない。やはり地道に1つ1つ地雷などを取りながら、まず道を切り開いていくという面では、確かにこういった形になるんだと思います。ただ、おそらくウクライナ側も今回の事態を受けて、何かしら作戦を練り直していくでしょう。現段階で、今回の写真、これだけを切り取って、反転攻勢全体が既に失敗しているという見方はちょっと早いんじゃないかと思います。

■「手探りで複数のところから攻撃開始」

上山

ウクライナの損失についてはこういった指摘も出てきています。ウクライナのマリャル国防次官ですが、「戦闘行為中に損失が生じることは予想され、『破壊できない軍備』はまだ発明されていない。ロシア側は情報効果を狙って装備損失の映像を大きく拡散している」。

さらに安全保障の専門家も、「これは数日間の戦闘に基づいて判断するものではない。攻撃は数週間、おそらく数ヵ月に渡って展開されるだろう」と指摘しています。駒木さん、ロシアとしては、欧米から提供された兵器は、特に「レオパルト2」もそうだと思うんですが、こういったものを破壊すると、政治的にも宣伝として利用できる面も出てくるのでしょうか。

駒木

西側から供与された兵器をロシア軍が破壊したというのは、国内的には非常に大きな宣伝材料になりますね。例えば1月には、ブラッドレー歩兵戦闘車4台を破壊したと国防省は発表しましたが、まだ供与される前にそういうことを国内向けに発表してしまう。

あるいは去年の7月とか8月には、ハイマースを4機、2機破壊したという発表しましたが、これは真偽がはっきりしないとはいえ、ウクライナ側は全否定しているということで、特に欧米から供与された兵器に与えた損害は、ロシア側は宣伝として使うという傾向はこれまでも見られました。

上山

この戦場においては1つ、非常に気になる情報というのも入ってきました。「ロシアの諜報筋の報告では、ウクライナ軍の少なくとも10個旅団がオリヒウ付近に到着しているのが観察されている」ということで、「装甲部隊の規模が前進部隊の3倍であると述べている」という情報が入ってきています。

現在、戦闘を行っているウクライナ軍の装甲部隊の3倍の規模の部隊が、オリヒウの奥のところ、後方で待機しているのではという情報が入ってきました。第1陣の攻撃が始まっていましたが、その後、攻撃が第2波、第3波と行なわれる可能性というのも指摘されています。この情報について駒木さんはどんな点に注目されていますか。

駒木

長谷川さんが先ほどおっしゃったように、今、手探りで複数のところから攻撃をしていて、それを受けて、この第2陣、第3陣というものが本格的な進攻、どの経路を選ぶかという段階だと思いますので、そういう準備を背後でしているというのは当然のことだと思います。

今回の第1陣が受けた損害をそれほど過大評価する必要もない。もちろん損失は損失なんですけれども、今後の成り行きを見ていかないと何とも言えないという状況だと思います。

■「主攻勢なのか…湾岸戦争では陽動作戦も」

上山

杉田さんは、ここまででいかがですか。

杉田

私も長谷川さんと駒木さんがおっしゃった通り、まだまだ反転攻勢が始まって1週間弱ですので、この成否を判断するのは早過ぎると思います。ただ一方で、地雷原があって、その中を戦車が前に進んでいくとなると、長谷川さんがおっしゃった通り、ある程度、限られたところに密集して進まざるを得ないと思うので、このウクライナにとって不利な状況は、どうやったら解消されるのか疑問なのですね。

つまり、もう一度、作戦を練り直しして、1回被害に遭ったので改めて練り直す必要があるだろうと思います。先ほどから話が出ていた、ウクライナの大きな部隊が後方に控えているので、これが粛々と前に行くということが想定されているわけですが、しかし、その必要な練り直しは何ができるのかということです。上空から猛烈に叩いて、ロシアの防衛ラインを徹底的に潰すことが、練り直しの1つ可能性であると思うのですけれども、上空からの攻撃が果たしてできるのかどうなのか。

それから2つ目は、先ほど長谷川さんがおっしゃったように、これが本当の主攻勢、つまり主軸なのかどうなのかというのは見なくちゃいけない。つまり、こういう地上戦の場合は、必ず陽動作戦というのがあると思うのですね。有名なのは、湾岸戦争のときにイラク軍はクウェートの海からアメリカ軍が入ってくると想定して海岸の防御を固めていたら、実はアメリカ軍は陽動作戦をしていただけで、サウジ国境の砂漠地帯からクウェートに本格的に入って行った。こういった陽動も必要があると思うんですけれども、このままではウクライナ軍がひょっとしたら陥りつつあるもの、これを克服できるやり方は何かあるのでしょうか。

長谷川

先ほどの1列になって車列が連なっている画像がありましたが、やはり、戦車としては後ろからの支援が当然必要なわけですね。

火力支援などをより強固なものにしていくとかいったものですが、ただ、やはり西側から供与される兵器というのもスムーズに入ってくるわけではないですし、それから種類も非常に限られているというところです。

やはり今回の反転攻勢を受けて、これはあくまでも推察ですけれども、NATO首脳会談でのゼレンスキー大統領の新たな武器供与を求める動きなどにつながってくるのではないかと思います。

上山

7月に向けてということになりそうですが、やっぱり航空機があると、戦い方としてはだいぶ違ってくるということですか。

長谷川

そうですね、やはり戦車に対して攻撃をする、対戦車ヘリというところも1つ大事だと思うんですね。F16は決まっていますけれども、これも当然、今すぐに反転攻勢に使えるわけではなくて、相当、訓練期間がありますので、時間的には中長期的なスパンになると思います。ですので、ウクライナとしては非常に厳しい制約の中で反転攻勢を進めているということが、改めて浮き彫りになったかと思います。

ウクライナのマリャル国防次官は8月4日、「ウクライナ軍がロシア軍の『第1防衛線』を突破し南部の一部地域で『中間線』に移動した」と発表しました。「ロボチネ」の東側の「ロシアの第1防衛線」のことを指しているとみられます。しかし、マリャル次官は、「突破した先で、ロシア軍が重要な見晴らしの良い高台に要塞を建設しているという事実に直面している」とも指摘しており、激しい戦いを続いていることもうかがわせます。

8月6日放送より

■ロシアの“最強”防衛ラインを狙った理由

菅原

ウクライナの反転攻勢、4つ目のこちら矢印、ザポリージャ州西部への攻勢を見てきましたが、ここに関してはもう1つ懸念が指摘されているんです。番組でこのように黄色いポイントを表示していますけれども、これはロシア軍の防衛拠点を示しているんです。この4つ目の、その先に関しては、かなりロシアの守りが厚くなっているんです。

さらにこちらを見ても、その堅牢さがよくわかるということなんです。ご覧のとおり、防衛線が主に3つ準備されているということで、「赤」「紫」「緑」の線で示しました。まず、1つ目、前線に近い「赤」の第1防衛線から見ていきますが、こちらに関しては何層もの「障壁」や「歩兵塹壕」などで構成されていて、前線は約30km後方に準備された砲兵陣地にサポートされている。それがこの第1防衛線です。

そして、その後方にある「紫」が第2防衛線。こちらも第1防衛線と同様、障壁、塹壕などがあるということですが、ウクライナ軍の攻勢がもし成功した場合、その後に、この第2防衛線が新たな前線を構築する有効な手段となるということです。さらに「緑」で示されている第3防衛線がトクマクなどの町を囲っているように見えますが、前線に近い大きな町を取り囲む「要塞群」となっています。ロシア軍が崩壊した場合に、新たな戦線を迅速に構築するには不十分だけれども、ウクライナ側の突破を遅らせ反撃を可能にすることができるということなんです。

この3つの防衛線に関しては、他の地域と比べまして、深さ(奥行き)が6マイル(約10km)以上あり、他の地域との2倍以上であるということで、防衛線が圧倒的に強いという分析です。さらに、米戦争研究所の分析、6月8日のものですが、「この(特定の)地域に配備された『ロシア南部軍管区』の部隊は、ロシアの他の地域よりも質の高い部隊編成である可能性が高い。その『防御能力』は他の地域のロシア部隊の『防御能力』を反映していない可能性が高いことにも注目すべきだ」。つまり、配置されている兵士の質もこの辺りは高いとされているわけです。

長谷川さん、この辺り、ロシア軍がかなり守りを固めているように見えるわけですが、その中で、ウクライナ軍があえて4つの地域のうちの1つにここを選んでいるのは、改めてどのように見ればいいでしょうか。

長谷川

一番は、戦略的に極めて重要な正面であるということが鍵になろうかと思います。そして、ウクライナとしましては、他の正面というのは当然、そこを攻めていくというのも、1つの手段としてはあると思うんですけれども、失地を回復したところで、どの程度、長期的にメリットがあるかというところだと思うのですね。

ザポリージャ正面というのは、もし反転攻勢が成功した場合には、先ほどあったように、ロシア本土とクリミア半島を分断できるところで、そういった観点からの戦略的重要性に鑑みて、ここを選んでいると。ただし、そこは重々、ロシア側も承知しているわけで、そのため今、紹介にあったような三重、四重の防御線を引いているんじゃないかと思います。

菅原

裏を返せば、駒木さん、ウクライナ側もこの辺り、かなり分厚い防衛線があることもわかっていて攻めているわけですが、今後の注目点はどのように見ていますか。

駒木

戦争研究所が言っているように、ここに非常に質の高いロシア側の兵士が配備されていることは間違いない。しかし、その質が他の場所の質を保証するものではないということですので、先ほど紹介にあった3つ目の戦線、つまりドネツク州南部とザポリージャ州の境界あたりからの南下、それによってもマリウポリまで到達すれば、東とクリミアを分断するという、拠点としているメリトポリを落とせなくてもかなり大きな戦果をあげる可能性は出てきます。そういう全体状況を見ながら、今後、ウクライナ側も戦線を決めていくんだろうと思います。

■重要度を増す“地雷除去”の工兵

菅原

では、その中で、この4つ目の方面ですけれども、第1防衛線の突破がウクライナ軍としては重要になってくるわけです。長谷川さんはそのポイントについて、このように今回、指摘をしてくださりました。「ロシア軍は反攻を警戒し、地雷や塹壕を相当しっかりと構築していると思う。突破していくためには、いきなり戦車ではなく工兵が重要になる」と指摘をしています。

実際に8日から始まったウクライナ軍の攻勢に対して、ロシア軍は「ウクライナの前進を妨げるために地雷を効果的に敷設したと評価されていた」。つまり、やはり防衛線に地雷がかなり埋められているようです。

ですから実際に、先ほども映像はありましたが、レオパルト2が破壊された映像、画像の中に、地雷を除去するローラーが写っていました。地雷を除去しながら前進を試みていましたが、ロシア軍の攻撃を受けた可能性があるということです。

長谷川さん、地雷がかなりある中で、今回は攻撃を受けたと見られるわけですが、この工兵が今後、重要になっていくということでしょうか。

長谷川

そうですね。当然、地雷原に対して、それを適切に障害を除去しながら、戦車の通る道を作っていくという意味では、第一義的には、工兵、歩兵といったところが非常に重要になってくると思います。やはりフィンランドといった国からも、レオパルト2Rという地雷を除去する機能を持った装備品なども入ってきているということで、これらをやはり効果的に使いながら戦闘の領域を広げていくということになると思います。

ただ、ウクライナ軍歩兵、工兵が進んでいくとしたとしても、その先の防御陣地に待ち構えているロシア軍歩兵などからの射撃などを受ける可能性があるというところで、やはり昨年のハルキウ奪還の時と比べますと、相当、厳しい防衛線が敷かれているという点にはもっと注目すべきですね。

上山

地雷の厄介さというところでは、直接被害を与えること以外にも、こういった点が指摘をされています。そもそも戦車や歩兵戦闘車を通すために、地雷を撤去するという作業に当たるわけですが、要は、撤去作業中に発見されてしまって、ロシア軍に攻撃されると。ロシア軍としてはウクライナ軍が地雷に対応している間に攻撃をしてしまう。ロシア軍が攻撃の標的にしてしまうようなことも考えられるんですけども、こういった効果というのも地雷にはあるんでしょうか。

長谷川

やはり攻撃を遅らせるというところと、ロシア側の防御というものをより効果的にするという点で、対戦車地雷は非常に重要な役割があります。この先ですけれども、やはり後ろに控えているレオパルト2などは、ロシアの戦車と比べると射程が長いというとこで、射程の差などを活用して、どのくらいオペレーションを進められるかということも重要になってくるかと思います。

上山

この辺りの地雷に対処するウクライナ軍の工兵の習熟度、この辺りはどうなんですか。

長谷川

当然、対戦車地雷、それから対人地雷、様々なものがありますが、地雷への対処という点では、相当早い段階から欧米の支援といいますか、トレーニングプログラムも含めて提供されていたので、そういった面ではかなり練度は高いとは思うのですが、ただ、問題は規模ですよね。地雷原の規模が余りにも大きすぎて、それに対するウクライナ兵員、地雷除去のための装備品の数にも限りがある。ウクライナは1年以上戦っていて、相当損耗していますが、この作業は人の手による部分が大きいというところですね。

■英スナク首相訪米とウクライナ支援

上山

ウクライナ情勢についての今後、重要ポイント伺いたいと思いますけども、杉田さんはどの点に注目してらっしゃいますか?

杉田

はい。私は外交面で注目しているのは、先週イギリスのスナク首相がワシントンを訪れて、バイデン大統領と会談したんですけど。それに合わせてですね、議会の指導部とも会談しています。特に重要なのは、マッカーシー下院議長との会談です。

これは明らかに、今後のウクライナ戦争をめぐってアメリカの軍事支援、お金ですね、これを沢山、出してもらおうということのアピールだと思います。アメリカはかなりお金出していますけれども、やはり膨大な額を現地で使っています。7月に開かれるNATOの首脳会議でさらなる武器を供与しなくてはいけないということで、アメリカの議会はウクライナ支援のための補正予算を組まなくえてはならない。

ところが、このマッカーシー議長は米国の予算権限を握っているわけですけど。彼はそれに対して1週間前にウクライナ用の補正は組まないと明言いている。ということは、アメリカからお金が出なくなる可能性がある。アメリカ議会での動向が、どうなっていくのか。これまで通りふんだんにお金が出るということになっていくのかと、そこを注目しています。

上山

駒木さんはどんな点に注目されていますか?

駒木

そうですね。もちろん今回の反転攻勢の行方は非常に気になるところですけど、これはどうなるか。戦争なので正しいほうが必ず勝つとは限らない。どうなるか分からない。心配しながら見守っているんですが、気になるのは、やはりプーチン大統領が正しい情報を得ていないのではないかということですよね。

これまでもまず開戦の時点で、見方を誤った。あるいは今回のカホフカダムにしても、これほどの被害が出るとはひょっとしたら思わないで爆破してしまった可能性がある。それでその先に、原発の危機がずっと言われているわけですけど、ザポリージャ原発、これをめぐる戦いというものを本当にコントロールしながらやっていくことができるのか。さらには本当に核兵器を使いかねないと、そういう判断をプーチン大統領が正しくできるのか。それはもう大変に重要なので、やはり何らかのパイプを作ってプーチン大統領に直接正しい情報を入れていくことが死活的に重要だと思います。

上山

最後にワンポイントで、長谷川さんはどんなところを注目していらっしゃいますか?

長谷川

やはり7月のビリニュス、リトアニアで開かれるNATOの首脳会談だと思います。ウクライナの継戦能力がこれから注目されますので。そういったNATO支援の継続性というところに注目しています。

 

(2023年6月11日放送)