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#71

韓国経済と文在寅大統領の政策

韓国はどうなっているのか、現地ロケ特集の第3弾です。文在寅政権は、「所得主導成長」を掲げ、最低賃金の引き上げを加速したり、非正規雇用から正規職への移行を促すことを試みましたが、半導体市況の悪化もあり、韓国経済の失速が否めません。2019年3月10日のBS朝日『日曜スクープ』は、韓国経済が直面する雇用悪化の現場を大木優紀アナウンサーが取材し、特集しました。

■町工場の街「売り上げが半減」

物別れに終わった米朝首脳会談からおよそ1週間。北朝鮮の、ある不穏な動きが察知されました。北朝鮮が廃棄に合意した東倉里(トンチャンリ)にあるミサイル発射施設の復旧作業が終わり、稼働可能な状態になったというのです。

トランプ大統領

「金委員長に対し大いに失望するだろう。」

再び広がり始めたように見える米朝の溝。最も大きな影響が懸念されているのが韓国です。南北融和の成果をアピールしてきた文在寅大統領。その陰で、国民の関心が高い、ある深刻な問題を抱えていました。それは、韓国経済の失速です。実態を取材するため、大木アナは韓国へ。訪れたのはソウル南部にある町工場が立ち並ぶ地域です。

大木

「一店舗、一店舗専門があるのを見てとることができます。こちらは機械に付けるブラシが多く並んでいるお店です。」

民主化から数年後、1990年代初頭に小さな店が集まりできたというこの町。以来、韓国の製造業とともに発展してきました。それが今、転機を迎えているといいます。電動工具を扱う店で話を聞いてみると・・・

大木

「最近の景気はどう感じていますか?」

電気工具店店主

「韓国は今、最悪です。ダメです。」
「何もかもですよ。お客さんも来ないし全てうまくいきません。」

取引相手である中小零細企業からの注文が今、激減しているというのです。

大木

「実際に売り上げは以前と比べてどれくらい悪くなりましたか?」

電気工具店店主

「2年前と比べて半分に減りました。文政権が発足する前は良かったです。発足してから売り上げが半分に減ってしまったんです。」
「建設業者や企業がうまくいかないからここにきません。食料品は生きていくために必要ですがこれは違います。」

これまでどんなに不景気になっても、客が絶えることがなかったという通りも平日の昼間にも関わらず、人はまばら・・・モーターなどの産業用機械の販売や修理を行っているこちらのお店でも・・・

大木

「具体的に売り上げはどれくらい減っていますか?」

店員

「3分の1減りました。30%以上減っているんです。これ以上下がらなければいいけど。」
「不景気を実感しています。自分で使うお金も節約しないといけないくらいです。」

7、8年前、絶好調だった韓国の経済。2011年にはサムスンがスマートホンの世界シェア1位に上り詰め、貿易規模は経済大国の証とも言われる1兆ドルを突破しました。しかし、その勢いは徐々に衰え、快進撃をけん引した携帯電話端末の輸出は昨年、前年比マイナス23%と16年前の水準まで低下。輸出全体でも、前年比で15%近くマイナスとなるなど目に見えて経済が失速しているのです。その影響は意外なところにも…

■観光エリアでも“異変”

観光客が多く集まる、ソウル・明洞。日本人観光客にも人気のこの町を歩いていると・・・現れたのは空き店舗。人通りが多いこの場所にも…。こちらは3軒続いて空き店舗が並んでいます。観光客が集まり、収益が期待できそうな明洞で空き店舗が目立っているのです。別の観光エリアでも人気だった焼き肉店が空き店舗となっていました。

不動産業者

「景気が悪いのと最低賃金の引き上げが負担になって、閉める店が多くなっているんですよ。」

韓国経済の現状を表す、あるデータあります。これは家庭の借金の総額を示す「家計債務」の推移。2004年、およそ494兆ウォンだった借金は2018年には1534兆ウォン、およそ153兆円にまで増加しました。1世帯あたりおよそ800万円の借金を抱えていることになります。この日行われていたのは多重債務者を支援する団体の会議。年利20%以上の高金利に苦しむ債務者が人口のおよそ43%にあたる2200万人を超え、深刻な状況となっているといいます。

こうした経済の失速に対し、国民の不満が高まっているのです。

■子育て支援では評価も

一方、文在寅大統領を評価する人たちもいます。大木アナが訪ねた20代の女性は3歳の男の子を育てるシングルマザーです。准看護師として働くこの女性は国の様々な支援に助けられていると言います。

大木

「二人に対して政府からの補助はどれくらい出ていますか?」

20代の女性

「いろんな支援があります。支援金をもらうこともありますし、文化的な生活を支えるカードがあって映画鑑賞もできます。子どもが小さい場合、粉ミルクやおむつの支援も受けられます。」

この女性の月収はおよそ18万円。文大統領になってから生活が少し楽になったといいます。

大木

「今はひと月補助金をどれくらいもらえるんですか?」

20代の女性

「今年から変わって、ひと月35万ウォン(約3万5000円)もらえます。」

大木

「前に比べて増えましたか?減りましたか?」

20代の女性

「増えました。前は17万ウォンでした。文政権が発足して、政策が変わりました。補助金が足りないという声が高まって、少し増やしたんです。」

■非正規職からの転換を促すものの・・・

そしてもう一つ、文大統領が力を入れている政策があります。

文在寅大統領 年頭会見(1月10日)

「韓国政府はまず労働者の賃金を引き上げて労働時間を短縮し、非正規職を正規職に転換させるため努力を傾けています。」

大統領就任時から言い続けている非正規労働者を正規雇用にするという約束。しかしそれが、思わぬ事態を招いていました。学校の相談員として非正規で働いていた40代の男性。3年前に結婚した、この男性は文在寅政権が誕生し、正規職員になれると期待していました。しかし…

解雇された40代の男性

「突然、 市の担当者から通年契約を10か月の期間契約に変えると言われました。」

市は正規職員への転換対象だった通年契約を、突然対象外の10か月の期間就労に変更したといいます。それに抗議したところ、40代の男性は去年12月解雇されたのです。文大統領の方針に反して正規雇用を避けようとする動きがあるというのです。

解雇された40代の男性

「非正規職を正規に変えるという言葉がなければ、今も安定して仕事をしていたかもしれません。皆、ろうそく革命に期待しましたが、私たちにとって、もっとも悪い状況になってしまった気がします。」

こうした問題は40代の男性だけではありません。

大木

「経営者団体のたくさん入るビルの前です、警察の規制線が張られまして警官が警備にあたるその前で、非正規雇用支援者団体のみなさん、その待遇を訴えて声を上げています。」

抗議に集まった人たち。その数は徐々に増え始めています。当初は文大統領に期待していた人たちが不満の声を強めているのです。こちらは非正規労働者を支援する施設です。無料で宿泊することができる、この場所の利用者は減っていないといいます。施設の女性職員「去年は1700人くらいの人が利用しました。当初は文大統領を支持していたという施設の運営者に現状を聞きました。

大木

「文政権になって非正規雇用者の環境は何が変わりましたか?」

非正規労働者を支援する女性

「もっと劣悪な環境になりました。文政権は非正規職のない世の中を作ると、威勢のいいことを言っていたのに、公共部門では、むしろ非正規職が増え、拡大しています。正規職への転換を主張しながら、子会社に人を移す、やり方で非正規をそのまま残しているんです。」

経済の立て直しと、格差是正の狭間で文大統領は難しいかじ取りを求められているのです。

■文在寅政権が打ち出した「所得主導成長」

大木

今回、韓国経済の現状を見るべく取材に行きました。まず、ソウル市街の町工場が並ぶところですが、皆さん、異口同音にとにかく去年の夏から景気が悪いんだとおっしゃっていました。その原因としては中小零細企業、自分たちにとっての取引先が悪いから注文が減ってしまっているということ。さらに、最低賃金の引き上げが物凄く負担になっているという話をされていました。ここにいる方たちは、自分たちの力ではどうにもならないんだという閉塞感というのを強く感じました。

山口

この番組でも、韓国の最低賃金引き上げの問題、お伝えしてまいりました。ここで文在寅政権の主要政策をもう一回確認していこうと思います。まずは、何と言っても南北融和ですよね。ただ、いま米朝がうまく合意できませんでしたから、これがどうなるのかというところです。それから積弊清算です。長年の積もり積もった悪弊を取り除くということです。そして、きょう、お伝えしようとしているのが、「所得主導成長」政策です。ゲストの方をご紹介いたします。もう何度もご出演頂いていますね、毎日新聞の外信部長の澤田克己さんです。澤田さんは記者として8年半ソウル支局に勤められまして、韓国に関する本も非常に多く書かれています。どうぞよろしくお願いします。

澤田

よろしくお願いします。

山口

それでは韓国経済の今をお伝えしようとする、この「所得主導成長」政策を見ていこうと思います。文在寅政権が経済政策として掲げていますが、国民一人一人の所得を上げることで、格差を是正して不平等をなくして、消費を増やし経済を活性化させるということで、具体的には最低賃金の引き上げを加速したり、非正規雇用をなくして所得の格差を是正しようというものなんです。

大木

しかし、去年から半導体市場の低迷があり、輸出が伸び悩んだこともあって、韓国の失業率は上昇しています。1月は4.5%と、1月としては9年ぶりの水準に悪化しています。製造業では17万人の雇用が減少しています。

山口

澤田さん、私も1月に取材に行った時も感じたんですけど、例えば、最低賃金を引き上げる、それは弱者の救済のためのはずなのですが、結局、それが中小の零細企業にとっては、経営者にとっては非常に厳しい、首を絞めることになるので、雇用している人を解雇しなくてはいけないという矛盾が生じていますよね。このあたり、どのように捉えていらっしゃいますか?

澤田

もちろん、みんなの所得を増やして、みんなの消費をできるようにして、経済を回していく、それで経済をうまく回転させるというのは、すごく理想的な考え方なんですね。ですから、その方向に進めばいいんですけど、問題は、やはりそれを性急に進めてしまったこと。やはり理念が先立ってしまって、ちょっと前のめりになったのかなという印象を受けています。

山口

確かに、文在寅政権に共通することだと思うんですけど、理念はすごく崇高ですよね。ただ実際にそれを落とし込んでいく時にうまくいってないなっていう感じはありますよね。

澤田

そうですね。韓国は、そういう傾向が強いんですけど、それは保守でも進歩でも同じなんですけど、まずスローガン作って、理念を作って、そこに現実を引き上げていこうという意欲が非常に強いんですね。ですから、意欲が先に行っちゃっている部分っていうのはどうしても否めないかなという感じはします。

■「少子化は教育費の負担が原因」

大木

この韓国経済の厳しさは、現場を取材して色んな所で感じたのですが、意外だったのは子育てに関する支援は意外ときめ細かいなという印象を受けたんですね。今回取材させていただいた女性、お若いんですが非常にしっかりしている方で、彼女は情報収集を完璧にされているので、おそらく制度というのをフル活用されているんですね。子育て支援というものに関して。その中で日本から見ると羨ましいなというほど進んでいる部分もありまして。

山口

大木さんも子育てしているからわかりますよね。

大木

そうなんです。私自身も保育園を利用している側なので、いいなと思ったのが、文政権以前からあるらしいんですが、「幸せカード」というクレジットカード型のカード。それを使って保育費を支払い、それを国が払ってくれるという幸せカードというものがあったりですとか、結構進んでいるなという印象を受けたんです。ここで澤田さんに伺いたいのがやっぱりこういうものを充実させなければいけないとなるほど、韓国の少子化問題というのが深刻化しているという事なんですか?

澤田

深刻ですね。去年の合計特殊出生率、あれが初めて1を切ってしまったんですね。1を切るってかなり深刻なレベルなんですね。前からなんですけども、日本よりもかなり数字が悪くなって、これじゃいけないっていうので、大木さんがおっしゃったような対策をやっているんですけども、これ、乳児期、幼児期なんですよね。一番お金かかるのがやっぱり小学校、中学校、高校、大学と進学して、特に大学受験のために高校で塾に行かせる、あるいは中学で塾に行かせるというのに、子供1人に日本円で、ちょっと余裕のある家だったら10万円20万円が普通なんですね、月に。

大木

月に?でも、そんなお金出せないですよね?

澤田

無理して出すんですよ。出さないと子供が勉強、追いつかないから。そういう競争になってしまうと、子供二人三人っていうのは、月に20万円の塾代を二人分、出せますかっていう話になっちゃって、いくら幼稚園の時に無料になっていても、それ考えたら作れないですよね。

山口

確かに韓国は競争社会だから、受験にものすごくお金をかけるので、相当な家計の負担になっているんでしょうね。

大木

そして、働き始めてからというところでは、非正規雇用の方を支援する団体は、元々は文大統領の支援者だったのですが、やはり文大統領に対する不満が聞かれました。元々の支持層からこういう不満が出ているっていうのは、大きいですよね、澤田さん?

澤田

それは痛いですよね。やはり、先ほど申し上げた通り理念はすごくいいんですよね。だから、みんなが夢を抱くわけですよ。でもそれがうまく行かないとなるとそれに対する幻滅ってやっぱありますよね。

山口

期待が大きかっただけに裏切られたっていう…。

澤田

裏切られたというところまで言うかどうかというのは別としても、期待しているほどじゃないなっていうのはやっぱり・・・。

山口

川村さんはここまでどうですか?韓国の経済について見てきたのですが。

川村

すぐ思い出すのが、私がニューヨークにいた時に起きた1997年にアジア通貨危機です。その時に韓国の銀行の人たち、あるいはメディアでも新聞社の特派員が減らされるとか、留学生が一斉にニューヨークから韓国に帰って行ったことを思い出すんですね。結果的には、IMFの管理下に入って国際通貨基金IMF、あるいはADBアジア開発銀行からお金を融資してもらって、2005年までずっと負債、借金をして返済を続けてきたっていう、そういう苦い経験が韓国にはあるものですから。そういうような経済ショックに陥らないかなと、今この映像を見ていて思うんですけれど、ただ一方では、そういう経験をしているだけに、バイタリティーもあるっていう事なんですね。

山口

この後も韓国経済がどうなっていくのか、やはり景気が悪いと当然文在寅政権にとっての支持率が下がっていく事にもなるでしょうし。

澤田

大変大きな影響を与えていますよね。

山口

文大統領にとっては、特にこの南北の融和を進めてきた中で、米朝首脳会談が上手くいかなかった。そこも暗雲が立ち込め始めているわけですから、何とか経済を軌道に乗せたいという思いがあると思うんですよね。

澤田

それは絶対にあると思います。

(2019年3月10日放送)