スペシャルアーカイブ一覧

#88

日韓がWTOで応酬 輸出優遇からの除外

輸出優遇除外”をめぐり日韓がWTOで激突、韓国が提訴の構えを見せています。2019年7月28日のBS朝日『日曜スクープ』は、WTOで紛争処理経験のある専門家を招き、審理の行方を分析しました。日本の主張のポイントは、「安全保障上の例外」です。

■WTOで直接対決 “非公開”の一般理事会では

山口

日本の「輸出優遇除外」をめぐり24日、WTOで日本と韓国が激突しました。韓国側は提訴する意向も示しています。では、そうなった場合に日韓の争いは一体どうなるのか?その辺りをひも解いていこうと思います。きょうのゲストの方々を紹介します。まずはお馴染みですね、元駐韓国大使の武藤正敏さんです。きょうも宜しくお願いいたします。

武藤

宜しくお願いします。

山口

そしてお隣です、2010年と2017年、WTO紛争解決小委員会のパネリストとして実際に裁定を下した経験がある横浜国立大学教授の荒木一郎さんです。宜しくお願い致します。

荒木

宜しくお願いします。

山口

荒木さんには、WTOのお話を後ほど、たっぷりと伺わせていただければと思っております。まずは水曜日、24日でした。WTOの一般理事会で日韓直接対決となりました。一般理事会に参加したのは加盟国164か国と地域ということになります。一般理事会の重要性ですが、常設機関の中では最高機関ということです。その役割ですが、「この種の二国間の問題では結論は下さない」ということです。白黒がつくわけではないということですが今回の議題、韓国への輸出優遇除外ですが14議題のうち、唯一の二国間のトラブル系になったということです。続いて、まさかの席順、2日間の理事会なんですが、韓国と日本が隣り合わせになったんです。アルファベット順で言うと韓国が「K」、日本が「J」ですから、こういう順番になるわけですけれども、このタイミングで2国が隣り合わせになってしまったというわけです。そして、日韓の参加者を確認しておきます。日本側は伊原純一特命全権大使。そして山上信吾外務省経済局長、という外務省の方が出ているんですが、一方の韓国です。白芝娥駐ジュネーブ国際機関代表部大使。そして、この方が注目です、金勝鎬新通商秩序戦略室長ということで、この金勝鎬さんは、日本でいうと経産省にあたる部署にいる方です。ここで武藤さんに伺いたいんですが、日本は外務省から派遣されました。一方で韓国は、経産省にあたる組織から金勝鎬さんが派遣されています。これはどう読み解いたらよいでしょうか?

武藤

金さんは通商問題の専門家ですからね、他方、日本側の伊原大使はジュネーブに長いですし、一般理事会の議長もしていたようです。紛争解決にもずいぶん長いこと携わっていました。だから、ある意味で“ジュネーブの顔”なんですよね。国際機関では、それが重要です。それから、山上経済局長は国際法畑が長いですし、この分野の専門家ですから、日本としては非常に良いチームだと思います。

山口

金勝鎬さんの経歴としてはどうですか?

武藤

WTOの事務局にもいたようですので、油断のならない相手ということでしょう。

荒木

そうですね、いました。

山口

この後、非公開で行われたんですが、一般理事会でどういうことがあったのか?そこを確認していきます。韓国側が議題化しました。金勝鎬室長がまさに日本の輸出優遇除外をめぐって演説をしたんです。その主張を確認しておきます。「日本政府の貿易制限措置には政治的意図があり、世界市場を混乱させる反自由貿易行為にあたる」としました。さらに、元徴用工問題についても言及したんです。時間にしますと、およそ10分ほど続きました。これに対して、伊原純一特命全権大使も反論しています。「元徴用工問題とは関係のない措置」だと。さらに「安全保障上の輸出管理の見直し」だと反論したわけです。そして、突然なんですが、こうしたことがありました。韓国側が「日本に対して輸出規制強化の措置を撤回して二国間の交渉に戻ることに、反対する人は立ってほしい」と突然呼びかけたのです。反応はこうでした。誰も起立しなかったんです。これをもって韓国側は「他の参加国が韓国の主張を支持した」と主張したんです。一方で、議長が「発言する人はいますか?」と言ったところ、反応はどの国も発言しなかった。これをもって日本側としては「韓国の主張に同意が得られたとの事実はないことを示している」と経産省がツイッターで発表しました。これは非公開で行われているので、真相はよくは分からないんですけれども、荒木さん、こういったWTOの現場のことはお詳しいと思いますが、韓国が突然起立を求めましたよね。こうしたことというのは一般理事会ではよくある事でしょうか?

荒木

私の知る限り、あまりそういうことはないですね。そもそも、やっぱり議長が本来、議事を進行するはずなので、立つように呼びかけるということ自体、かなり異例なことじゃないかなと思います。

山口

例えば、このように対立している国同士の中で、両方とも、この支持する国を募集するというか、募るような行為に出たわけですよね、韓国が。こうしたことはやっぱりと聞いたことがないですか?

荒木

そういうことはあるかもしれませんけれども、韓国が議題登録したのは今回が初めてですよね。それで、いきなりそういうこと言われても、なかなか、各国としては反応しづらいところがあったのではないかなという気がします。

■予定時間過ぎても発言を続けた韓国の担当者

山口

輸出優遇除外をめぐる日韓の攻防ですが、韓国の金勝鎬室長の言動に注目が集まったということです。大木さんお願いします。

大木

メディアに対して、このようなことを語っています。「日本の逃げ腰の対応は、自らの行動に目をつむるようなものだ。私が提案した1対1の直接対話を日本が受け入れていれば、例外措置にならないという点を含め詳細に説明できたのだが、残念だ」と日本が対話を受け入れないことを強調。しかし、日本の外務省・山上経済局長は「正式な対話要請を受けていない」とコメントしています。さらに、WTOの理事会では、このようなことがあったといいます。議長は韓国の発言を制止しようとし、最後は議長が残りの重要な議題を議論する必要があるとして本件議題を終えました。つまり、予定時間を過ぎても発言し続けるような場面があったと、日本の経産省が明かしています。荒木さん、色々な対立をご覧になってきたと思うんですがここまで痛烈に相手を批判することはあるんでしょうか?

荒木

議場での激しいやり取りはあると思います。ただ、普通は、先ほどもありましたように、こういう会議は非公開ですから。議場の中でのやり取りを逐一記者に向かって全部しゃべるということはあまりやらないので、この点はかなり特異な例だったのかなという気はしますね。

山口

やっぱり荒木さん、そのあたり、かなり敵対的というか、挑発しているようなところもありますよね。

荒木

外に向かってそういうことを言うのはどうかな?という感じです。理事会というのは話し合う場ですから。中で話し合った内容を全部しゃべってしまっては、なかなか、まとまる話もまとまらないわけで。そのあたり、韓国のやり方というのは、ちょっと普通じゃないような気がします。

山口

このあたり、武藤さんがお詳しいと思います。

武藤

韓国は今、何でも宣伝合戦ですよね。文在寅大統領は自分が正しいということを、いかに宣伝するかということに汲々としてますでしょう。金勝鎬さんの発言の中でも、日本は対話を断ったと言うんだけれども、輸出会議の問題で2年に1回協議することになっていたのに協議を拒否してきたのは韓国ですよね。そういうこともきちっと言わないで、今回だけ対話を日本は拒否したというのはおかしいですよね。そういう一方的な理屈が非常に多いんですよ。

山口

この日韓の動きを見てイライラしてしまう人も多いかもしれませんが、ただ、この番組では、なるべく客観的に冷静に議論を進めていきたい、詳しく事実を色々お伝えしたいと思っています。一方、日本政府の考え方です。菅官房長官が、まずそもそも「WTOは本来、多国間の自由貿易に関するテーマを議論する場であり、輸出管理に関する議論を行うことはなじまない」と話しました。実際にどうでしょう、荒木さんはWTOにいらっしゃったわけです。輸出管理に関する議論を行うということはあまりないのか、このあたり実態はどうなのでしょうか?

荒木

そういうことはないと思います。輸出規制の問題がWTOで取り上げられることはよくあることです。近い例で言うと、例えば、中国のレアアース輸出規制というのは、まさにWTOの理事会でも問題になったし、紛争解決の場でも、パネル・上級委員会まで行ったわけですから、そういうこと自体が争われるのは別に不思議なことではないと思います。ただ、あえて官房長官が言っておられることの意味を考えてみると、輸出管理はちょっと特殊な世界がありますね。ワッセナーアレンジメントとかミサイル規制とか、いわゆる安全保障貿易管理の世界というのが既にあるので、その場で議論すればいいことを、わざわざWTOの場で言わなくてもいいんじゃないかということなのではないかと思います。

山口

このあたり、川村さんどう思いますか?

川村

荒木さんがおっしゃったように、例えば、そのレアアースのときの問題は、日本が尖閣諸島を国有化したということに対して、中国がレアアースを持ち出してきたわけですね。しかし、それはある種の報復措置ではないかということで、WTOでもきちっと審議をして日本側が勝ったんですよ。それと同じような形で、今、韓国側のメディアが言っているのは、日本は徴用工の問題に対して、韓国が受け止めたのは、中国と同じような形で報復措置としてやっていると。自由貿易においてやるのであれば、これまでも日本側は協議を求めてきていたのだから、このタイミングでやるのはどうなのかということを、おそらく言っているんだろうと思うんですね。ですから、この金勝鎬さんも、かつて、このWTO事務局にもいたようですし、何よりも福島県産の農産物のときに彼が出てきて、最終的に逆転勝利をしているんです。そのときの対応で言うと、今、これはちょっと内輪の事情ですけれど、外務省の経済局長・山上さんはそのときに負けているんですよ。同じメンバーなんです。ですから、今回はリベンジのために同じチームを組んだのではないかとも言われているんです。そういうことまで噂になっているってことは、韓国側は何から何まで、日本側はこのタイミングでという形で報復措置だということを、国際社会に広めたい、いわば国際世論に訴えたい。こういうことが根底にあるのではないか。だから、あえて問題にしていると思うんですね。それをどういうふうに受け止めるかは、これからの審議の問題だと思います。

■韓国のカード 最恵国待遇&数量制限の廃止

山口

韓国側は、今後、WTOに提訴する意向を示しています。争いは、WTOの紛争処理小委員会、パネルで争うことになる可能性があるわけです。まさに、このあたりが核心になってくるわけですが、どういう展開が予想されるのか、しっかり見ていこうと思います。韓国に提訴されたら何が起こるのか、完全シミュレーションです。日本と韓国の構図を見ていきましょう。攻撃する側が韓国、反撃する側が日本という構図になります。そのときに、韓国が持っているカードが2枚、日本のカードが1枚という位置づけになります。では、どんなカードがあるのか?まず、韓国の1枚目のカード、GATT、関税および貿易に関する一般協定の1条「最恵国待遇」というものです。そして、カードの2枚目がGATT 11条「数量制限の一般的廃止」です。一方の日本のカードが何かと言いますと、GATT 21条「安全保障のための例外」という形の争いの構図となるわけです。では、具体的に韓国がどんなカードを持っているのか、内容を見ていきましょう。まず、カード1、GATT1条です。中身は「最恵国待遇」というもので、「いずれかの締約国が他国の原産の産品又は他国に仕向けられる産品に対して許与する利益、特典、特権又は免除は、他のすべての締約国の領域の原産の同種の産品又はそれらの領域に仕向けられる同種の産品に対して、即時かつ無条件に許与しなければならない」。つまり、まとめて言いますと「最も有利な措置を他の加盟国にも与えなければならない」。これが最恵国待遇だという事なのです。韓国の主張は、今回の輸出優遇除で「韓国だけ優遇除外をするのはGATT 1条に違反」しているじゃないかという主張なんですね。一方、日本の主張です。これまで「優遇していたものを外して元に戻すだけだから問題ない」というのが日本側の主張ということになるわけです。詳しい荒木さんに伺います。日本は元々優遇していたのを外すだけなんだ、元に戻すだけなんだという主張ですが、WTOの場ではどのような見方がされると思いますか?

荒木

GATT 1条に限って言うと、なかなか日本の主張は通りにくいかなと思います。パネルにもある通り、一番有利な措置を即時かつ無条件ですべての加盟国に適用をしなければいけないということですから。一番優遇する措置を本来はすべての加盟国に提供しなければならない。一旦、優遇してしまったものを元に戻すことは差別だということを言われてしまうと・・・。1条の話としてはそういうことがあるかもしれないという気がします。

山口

元に戻すだけだと言ってもそうじゃなくて、それが輸出規制、優遇除外にあたってしまうのではないかということですね。

荒木

1条だけ見ればですね。後で例外の話が出てくるので、1条だけの議論だとそうなんですけれど、ただ気をつけなければいけないのが韓国も、今の時点で手の内を明らかにしたくないということがありますので。どのような法的な議論をするのか言っていないですよね。理事会でも、あえてそこは一般論で終わらせていて、どういうふうに言ってくるか、よくわからないと。もし1条について韓国が言ってくるとするならこういう主張になるだろうということですが、それに対する日本の主張は元に戻すだけというのは少し弱いですね。

山口

武藤さんはどうでしょう、WTOの見方というのは。日本からすると、この通りだと思いますけれども、いかがでしょうか。

武藤

独特な世界がありますからね、常識的には日本の主張の方が正しいと思いますけどね。独特のWTOの世界の中でどういうふうに議論していくのかというのは、荒木先生のような専門家の知恵を借りながらやっていくしかないんじゃないでしょうかね。

大木

武藤さんのご経験で福島産の水産物の件とかもご覧になっていて、WTO独特の怖さみたいなものはあるんですか?

武藤

ありますね。あのときは、韓国のロビー活動、日本との関係はものすごく激しいんですよ。ロビー活動が有効に機能した一つの大きな理由というのは、風評被害の問題でしょう。あのときも韓国が正しいと言う結論ではなかったと思うんですよね。要するに、結論を下さないというだけで、日本の主張を通してくれなかったということなんでしょう。ですから、あのときのロビー活動で相当影響受けてしまった。パネルは上級委員会3人ですか?

荒木

3人ですね。

武藤

3人だから、やっぱり怖いんですよ。どういう人がそこを担当しているかによってね。

山口

人によって変わってきてしまう?

武藤

人によって変わってきますからね。今回のパネル3人ですからね。そういう意味で、WTOのそういう独特な雰囲気をわかっている人がうまく論理構成してかないと、なかなか上手くいかないかもしれませんね。

山口

次は、韓国の2枚目のカードに移りますね。内容はGATT11条ということで「数量制限の一般的廃止」。特に、この部分ですね。「関税その他の課徴金以外のいかなる禁止又は制限も新設し又は維持してはならない」。つまり「関税や課徴金によらない輸出入の制限をしてはならない」と。関税や課徴金以外の輸出入の制限はダメだよというのがGATTの11条に当たるわけです。これに関して、韓国側の主張を見ましょう。「今回の措置が制限にあたる」。今回の措置は数量制限に当たってしまうのではないかという主張をしています。一方、日本の主張は、これは元に戻すだけですので、「手続きさえすれば輸出ができ制限にあたらない」。手続きを踏んでもらえば、日数はかかりますけれども、輸出は出来ますから制限に当たらないというのが日本側の主張です。荒木さんどうでしょう、11条に関してはどんな見方をWTOはすると思いますか?

荒木

これも11条だけに限ってですね、例外の話が後で出てくるのですが、例外の話を抜きにすると、韓国の主張は一理あるということになるのではないかと思います。というのは、輸出管理ですね、ちょうど同じ外為法に基づく輸出管理について、昔、日本がEUに訴えられて負けたという事案があるんです。これはGATTの時代ですが、このときはアメリカとの間で半導体協定を結んで、その半導体協定に書かれている義務を守るために、日本が第三国に輸出される半導体の値段をモニタリングすると約束していたんですけれど、まさに、この外為法を使って輸出の価格を見ているだけだよ、というのが日本の主張だったのですけれども。やはりGATT 11条に違反するという判断が出てしまっているというところで、11条違反の点だけに関して言うと、今までGATT、WTOは一貫して輸出制限に対してかなり厳しい見方をしてきていると言えると思います。

■日本のカード 安全保障上の例外

山口

日本側としては、どうなっているんだと思う方もいるかもしれません。そこで大事なのが、その次に当たるカードということですね。日本側のカードを確認しておきましょう。それがGATTの21条、これが非常に大事になってくるわけです。21条の内容は「安全保障のための例外」ということで、「締約国が自国の安全保障上の重大な利益の保護のために必要であると認める、次のいずれかの措置を執ることを妨げること」ということです。つまり「安全保障上の利益を保護するためなら他の条文を守らなくてもいい」のだと。ここがポイントになってくるわけですね。つまり、安全保障上の利益を保護するならば他の条文を守らなくていいわけですから。GATT21条、安全保障のための例外が認められれば、1条と11条よりも21条の方が優先される、上書きされる、そのぐらい効力の強いものだということになってくるわけですね。日本が言っている安全保障上の懸念というのは一体何なのか、そこを確認しておきます。それが輸出優遇除外をした3品目ですね。3品目が軍事利用可能なのではないか、可能だという点なんです。まず『フッ化水素』、サリンやVXなどの化学兵器の材料で核兵器の製造にも使用可能です。それから『フッ化ポリイミド』、軍用航空機やレーダーなどの材料になります。そして『レジスト』、軍用航空機などの材料になるわけですね、という3品目です。世耕経産大臣はこう主張しています。「従来から韓国側の輸出管理に不十分な点があり、不適切な事案も複数発生していた」。さらに「輸出許可を求めることにした製品分野で韓国に関連する輸出管理を巡り不適切な事案が発生している」ということで、『不適切な事案』という言葉を繰り返しおっしゃっているわけです。何が『不適切な事案』なのかという点につきましては、日本政府は明らかにしていないんですが、それが韓国の輸出入の管理体制の問題なのではないかと指摘されているんです。韓国のずさんな輸出管理の実態を見ていこうと思います。不正輸出の件数ですが、大量破壊兵器に転用可能な戦略物資の不正輸出、2015年から今年3月までで156件もありました。韓国の専門家が、こういう指摘をしています。「北朝鮮の友好国に向けた違法輸出が増え続けており、第三国を経由して北朝鮮に渡った可能性を排除できない」として指摘しているんですね。さらに、韓国に輸出したはずが「日本から輸出された炭素繊維が韓国企業から中国に迂回輸出」されているというような実態が見えてくるわけなのです。このあたりが韓国側のずさんの輸出管理ということになるわけですけれども、荒木さん、いかがでしょうか、日本側は安全保障上の措置としています。根本的な理由としては韓国の管理体制の問題ということになると思われますが、WTOの処理、紛争処理の中で、どのように受け止められると思いますか?

荒木

そこは、なかなか、どのような判断になるのか難しいですが、一番のポイントは日本がどう考えているのかというところですね。ここにありますけれども、21条のBのところで「締約国が自国の安全保障上の重大な利益の保護のために必要であると認める」という条文になっています。「認める」というのは英語で言うと「Consider」という言葉ですが、つまり、日本が必要だと認めれば良いということで、これは、ちょっとWTOの他の例外規定とは違う書き方なんですね。例えば、環境保護のための例外とか、公徳の保護のための例外というのは、そういうもののために必要だというところまでパネルが認定をしなければいけない。客観的に認定する必要があるということなんですが、21条の場合は日本がそう考えているんだというところがポイントになってくるので、だいぶ、例外の構造が違うというところがあります。なかなか一概には言えないですが、21条のそういう論理構造からして、普通の20条の例外とか、他のWTOの条文に書かれている例外に比べて、例外だということを主張する国の裁量の余地が大きいということは一応、条文からは言えるのではないかと思います。

山口

国が認めるということが非常に重要になってきているということなんですね。

大木

今回の3品目というのは軍事利用が可能だからという理由だったわけですが、軍事利用が可能な品目はこの3品目以外に数多くあるわけですよね。その中で、あえて3品目、しかも客観的に見ると、非常に韓国にとっては打撃の大きい3品目を日本が選んでいるということ論点になりませんか。

武藤

この3品目で不適正事案が複数見つかったということなんですね。これ以外にも、これからまたやろうと、炭素繊維もそうですよね、中国に製造方法とか特許が流れてしまう可能性もありますしね。ずさんな輸出管理、文在寅政権が誕生してから急激に増えているでしょう。それまでは18件ぐらいだったんですけれど、それ以降、年平均60件ぐらいありますよね。大体3倍ぐらいになっていますよね。17年から輸出管理について協議しようというのをずっと頑なに拒否して来ているでしょう、韓国は。変な理屈をつけてね、すぐにバレるような理屈をつけて疑わしいということは結構言えるのだろうと思う。

大木

荒木さんは、この3品目という点はどのようにお考えですか?

荒木

そこは日本政府がどう説明するのかというところだと思いますね。実際にパネルでどこまで議論になるかは分かりませんけども。

川村

1条、11条は、先ほど荒木さんがおっしゃったように、韓国側の主張がある意味通る場合もあるということは言えるのかもしれませんけれど、21条に限って言えば、今の説明もあったように客観的に、政治的な条文だと言う人もいるんですよ。その条文自体が認められればということですから、そういう流れの中で客観的な審査にどこまできちんと対応できるか、ここがこれからの焦点になるんじゃないかと思うんです。

山口

武藤さんに伺いたいんですが、日本政府は不適切な事案というのを繰り返して言っています。これが具体的に何なのかということは公になっていないです。

武藤

公になかなかしにくいんですよね。公にすれば、どこから情報が漏れたのかと、必ず韓国政府は追及しますよね。そして、逆探知して止めちゃうでしょ。そうすると、新しい情報が入ってこなくなるし、情報を漏らしたところは処罰されてしまいますからね。

荒木

その関係で言うと21条のAという条文がありますね。ここだと情報提供を差し控えるというのも一応権利として認められてはいるというのはありますから、日本がそこを明らかにしないからおかしいということは必ずしもWTOの問題としては言えないかなという気がします。

山口

そういうルールになっているんですね。

大木

そこで照らし合わせると「日本は証拠を出せ」とは言いづらい形にはなっている。

荒木

そこは何ともないんですが、どういう風に今後、議論が進んでいくかによると思いますけど。ただ、日本が何か、なぜ出さないのだと言われたら、一応、法的な根拠というのがあることはあると言えると思います。

山口

ということは、可能性としては、この21条に関しては荒木さんも、日本が有利なのではないかということは言えますか?

荒木

そこは何とも言えないです。そこは、むしろ私が関係したウクライナの実際の事案を見ながら、また後ほどお話させて頂ければと。

武藤

一言だけですね。WTOは、なるべくこの安全保障上の論理を持ち込みたくないんですよ。そうすると、WTOの権限が弱くなってしまうでしょう。なるべく例外措置には触れたくないわけですよ。ただ、どうやってこっちに持ち込むかというのは、これから日本側の知恵の出しどころだろうと思います。

■「安全保障上の例外」唯一の判例は・・・

山口

そのあたりを詳しく見ていこうと思います。お伝えしている、この日本の切り札、安全保障上の例外ですね、21条というのは、これまでWTOは、GATT 21条を使って裁いた紛争というのは、ほとんどなかったということです。そうした中で、最初の判例となったものがあります。それが2017年2年前のウクライナ対ロシアの事例で、その時に,きょうお越しいただいている荒木教授が紛争小委員会のパネリストの一人だったということで、大変、日本にとって貴重なご意見を伺えると思います。まずウクライナとロシア、どういうことがあったのか確認しておきます。発端は、カザフスタンなどにウクライナから輸出する際に、ベラルーシを経由しなければ、ロシアの領域内を通れないというようなことを言われていた、そういう実情があったそうです。ウクライナ側はこれをGATTの5条「通過の自由」に違反するとロシアを提訴しました。確かに、直線で行けば近いのに、わざわざベラルーシ経由を強いられていた。だから「通過の自由」に違反するぞというウクライナの主張です。これに対して、ロシアが反論しました。GATTの21条「安全保障上の例外」だと反論したのです。この理由というのが、『クリミア危機』ありましたね。2014年からです。このクリミア危機があったので、安全保障上の不可欠な措置だったとロシア側は主張しました。結果はどうなったのか?こうでした。ロシア側が勝ちました。内容は、ロシアの措置の一部は通常なら5条、つまり「通過の自由」に違反するのですが、21条の「安全保障上の例外」として認めると。やはり、この21条、「安全保障上の例外」が強かったということになるわけです。パネリストだった荒木さん、このあたり解説して頂けますか。

荒木

パネルの審理内容といのは秘密ということになっておりますので、実際、中でどういう議論をしたかというのは、ちょっとお話できないです。それは報告書を読んでいただくしかないということなんですが、まず全体として言っておきたいことは、まさに武藤大使が言われた通りで、これまで21条というのは、パネルの場で争われたことがなかったんですね。それは、GATTの時代を通じて、70年間、ずっと条文はあったんですが、誰も使わなかった。これは、まさに必要であると認めるという、政治的な条文と、今、お話がありましたけど、あえてこれを法的な紛争にするのはやめようというのが、これまでの一種の相場観だったわけですよね。それを法的な場で争うようになった第1号がウクライナ対ロシアの事例で、パネルとしては、非常にある意味、困ってしまったと言いますか、今まで各国がそういう政治的な知恵であえて争わなかったというところについて、白黒をつけなければいけなくなってしまったというところについては、非常に悩んだわけです。ここで必要であると認めるという以上は、21条を一旦援用した国があれば、それ以上パネルは何も手をつけることができないというふうに考えるかどうかという話だとロシアは言いました。そのときに一つ考えたのは、ロシアと同じこと言っていたのは実はアメリカでして、アメリカは第三国としてこの事件に参加していたんですけれど、アメリカも、21条を援用した以上はパネルはもう客観的な判断をすることはできないというふうに言っていたのですが、さすがにそれはできないだろうと。条文である以上、我々としてはウイーン条約法条約に従って、条文解釈ということをきっちりやっていかなきゃいけないわけで、ロシアが安全保障だと言う以上、何も中を見ることができないと言うことはできない。だけども、同時に、認めるという、こういう条文が入っている以上は、普通のGATTの例外の話と20条の例外と同じような意味での審査というのはできないだろうというところで、そこをどう考えるかというのは色々パネルの悩みは、この報告書にしっかり書いてあるところなのですが、基本的には、客観的な審査は出来ると。ただ、そこはどこまでその説明を求めるかですね。他の第三国、例えばEUとかは、20条と同じようなきっちりした審査をやれということを言っていたんですが、さすがにそれはできないだろうということで、どこで線を引くかというところを色々考えたと。しかも、一般論としてはなかなか言えないわけですね。まさにウクライナとロシアの事案でどうなのかというところについて、今、色々見ていった上でこういう結論に達したということ。

山口

確かに、このウクライナとロシアのこのケースだったから、こういう結論になったということだと思うんです。では、今の日韓に関してはどうなのかということを考えていきます。このGATTの21条には、三つの措置というのがありまして、1つ目は核分裂性物質、つまり「核」ですよね。2つ目は「武器、弾薬」の軍需品などです。3つ目がこの「戦時の国際関係」ということで、まさにこのウクライナとロシアのケースは、この(3)に当たるということだと思います。では、この日韓に関して言うと、この(1)と(2)核、そして武器、弾薬このあたりが当てはまってくるのではないかと思います。どうでしょう?

荒木

そういうことになると思います。日本はまだどうなるか分かりませんけれども、韓国からそういう訴えがあれば、日本としては、GATT21条Bの(1)と(2)にそれぞれ該当するということで反論していくということになると思います。

山口

こうした中で、一つ目安になるのではないかと思われる動きがあります。それがアメリカの通商拡大法232条をめぐる紛争です。発端はトランプ政権が2018年、アメリカが中国・EU・トルコなどから輸入する鉄鋼やアルミニウムに追加関税をかけるとしました。これに対して、中国・EU・トルコなどがアメリカを提訴したんです。アメリカ側は反論しました。GATT21条、この「安全保障のための例外」で対抗したということがありまして、これがまだ結論が出ていない。これの動きも一つ目安になりますか?

荒木

なると思います。

山口

アメリカが認めると言えば、やっぱりそれが安全保障上、関わってきますから。

荒木

そこがですね、アメリカが21条問題だと言っている以上、パネルは一切何も見てはいけないのだと、そういう立場を取っているわけですよね。だけども、そう言ってしまうと、パネル自体、何もできなくなってしまうので、おそらく、そういう判断、アメリカの言う通りですとは言わないでしょうと。逆に、じゃあEUが言っているみたいに、20条例と同じように、なんで鉄鋼やアルミが安全保障と関係するかというところについて、本当に細かいところを抜いているかどうかというのは、そこは何とも言えません。ただ、ウクライナのときもそうだったんですが、やっぱり、その例外を援用している側というのはグッドフェイスっていうのをすごく重視されていて、誠実ですよね、だから本来違う目的のためなのに、それをごまかすために安全保障だと言っているとか、それでは困るので、グッドフェイスというのがどこまでかというのが結構ポイントになるのではないのかなという気はします。ただ、なかなか、そこは実際どうなっているのか、既にパネルの審議は始まっているのかもしれないんですが、アメリカがどういうふうに言うか全くわからないんですよね。実は、ウクライナ対ロシアの、この報告書は4月に出まして、4月26日に、その紛争解決機関という理事会みたいなところで最終的に採択されたんですよ。上訴されなかったので、これはこれで確定したんですけれど、その時にアメリカのコメントがありました。アメリカ以外の国は皆、これを歓迎したんですけれど、アメリカは、これを非常に批判しています。つまり、パネルがやり過ぎである。アメリカがもともと言っていたように、21条を援用したら、もうパネルは何も言うべきではない。それなのに、色々と客観的な審査をしているということは間違いだし、さらに、このパネルは普通の事案と違い、普通だとウクライナが5条違反だということを申し立ててきたら5条違反だよね?ということを言った。認定した後で、でも例外に当たるから救われるという論理構造でいうのが普通のパネルなのですが、例外案件についてのやり方なんですけれど、これは違っていたんです。これは21条案件だからということで、最初から21条が適用できるかどうかというところを審査して適用する、そういう構造をとったというところがある。

山口

このあたりの駆け引きが非常に重要になってくると思うんですけれど、武藤さんはどのように考えていらっしゃいますか?

武藤

ロシアとウクライナでしょ。国際的な常識とWTOの特別な見方と、どう違っているのかというのは、なかなか難しいところですよね。でも、北朝鮮に対して物が流れているというのは、当然(1)と(2)に当てはまるわけですよね。だから、これからね、WTOの場だけじゃなくて、安保理の場とか、日本は色んな場を使ってやっていかなきゃいけないと思うし、それから、例えば、日本の企業が資産を売却された場合には投資保護の問題で争っていくとかね、この場じゃなくて、いろんな形で日本は韓国とこれから争っていかなくちゃいけないということでしょうね。

山口

そこでですね、日本が今、新たな措置を検討しています。今、調整中ということですが、来月2日、韓国をホワイト国から外すことを閣議決定する方向で調整しています。このホワイト国というのは、安全保障上の輸出管理での優遇措置、27カ国です。
アジアでは韓国だけだったんです。ここから韓国を外すという動きなんですね。それをやりますと、今、3品目を輸出優遇除外しているんですが、それが1100品目に拡がるということで、ちゃんと手続きを踏むことになりますから、とはいえ輸出はできるということなんですが、川村さんどうでしょう、今後の動きにつきましては?

川村

WTOが21条の問題で積極的に、今後もこういう形に対して対応していくのかと言うと、これまでの例でも、なかなか、そこは対応しにくいと。そうすれば、やっぱり他のところ、国連安保理とか、これまでの制裁決議もあるわけですから、そういう中で、どこまで議論できるかということになってくるのだろうと思うんです。だけども、アメリカも今、盛んに行っている自動車とか自動車関連部品も安全保障上の問題だというようなことを、突然、雇用の問題ではなくて付けてきているわけですね。頭に安全保障上と。そういうことが横行することが果たしていいのかどうかということが大きな問題になってくると思いますけどね。

山口

この後どうなっていくかということになります。武藤さんと荒木さん、どうもありがとうございました。

(2019年7月29日放送)