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#95

田中均・元外務審議官が読み解く日韓関係の深層

深刻な状況にある日韓関係、2019年9月29日のBS朝日『日曜スクープ』は、田中均・元外務審議官を招き、その深層に向き合いました。牧野愛博・朝日新聞編集委員による最新情報の解説も合わせてお伝えしました。

■どう見るか?文在寅大統領の国連演説

山口

深刻な状況になっている日韓関係、そして最新の朝鮮半島情勢を考えていきたいと思います。ゲストの方々をご紹介します。元外務審議官で、現在、日本総合研究所・国際戦略研究所 理事長の田中均(たなか・ひとし)さんです。田中さんは、ハーバード大学が主催している北朝鮮との交渉経験のある元政府高官の会議に出席して、4日前に帰国したばかりです。どうぞよろしくお願い致します。

田中

どうぞよろしくお願いします。

山口

そしてお隣、朝日新聞社前ソウル支局長、編集委員の牧野愛博(まきの・よしひろ)さんです。よろしくお願い致します。

牧野

よろしくお願いします。

山口

韓国の文在寅大統領は、不正疑惑で側近の曺国(チョ・グク)法相への批判が強まる中、国連総会に出席。一般討論演説に臨みました。内容を確認致します。「過去に対する真摯な反省の上で、自由公正な貿易の価値を守り協力する」これは、名指しこそ避けたものの、輸出管理を見直した日本の姿勢を念頭に置いたものと思われます。後半部分では、「韓国は隣の国々を同伴者と考え、共に協力する」とも述べています。田中さん、文大統領の一般討論演説をどうお考えになりますか?

田中

はっきりわかりませんけど、要するに、一定のメッセージは日本に送りたいが、だけど、自分たちが言っている建前を崩したくないと。この2つをミックスしたことになるんじゃないでしょうか。

山口

牧野さんにも是非、解説をお願いしたいのですが、後半の部分で「隣の国々を同伴者と考える」という発言は日本へのメッセージと捉えて宜しいのでしょうか?

牧野

要するに、自分達からの交渉を拒絶するような姿勢は取りませんよ、と言っているだけであって、今、示していただいたように、前提条件が付くわけです。だから、過去の問題に対して謝れ、真摯に反省しろということは、徴用工問題判決について譲歩する気はありませんよと。それから、輸出管理措置についても撤回しなさいよと。そういうことがないと、自分たちもなかなか譲歩できませんということを言っているんだと思います。

大木

一方、安倍総理は国連での一般討論演説では日韓関係には一切触れませんでしたが、日米首脳会談後の会見で「日韓請求権協定の違反状態を韓国側が放置するなど、国と国との信頼関係を損なう行為が続いている。韓国に対しては、まずは国と国との約束を守るように求めていきたいと考えている」と述べ、韓国側を改めて批判しました。閣僚レベルでは、茂木外務大臣は就任後初めて、韓国の康京和(カンギョンファ)外相と会談しました。元徴用工問題のほか、輸出管理の強化、韓国によるGSOMIAの破棄決定などについて、茂木外相は「外交当局間での意思疎通を継続していきたい」康京和外相は、「茂木大臣とも良い対話を続けていきたい」と述べそれぞれの立場を主張、平行線に終わりました。今回の安倍総理の国連外交、日韓首脳会談も行われませんでしたが、田中さんの目にはどのように映りましたか?

田中

今回のNY訪問で多分、一番の大きな成果、一番目立つことは米国との会談、貿易協定の合意だと思います。

大木

安倍総理としては日米の貿易交渉の方に軸足を置いていた一方で、日韓関係がこれだけ冷え込んでいる中で、例えば、一般討論演説の中で、その日韓関係のことを盛り込んでみるとか、そのあたりは?

田中

まだ心の準備がないのではないでしょうか?要するに大事なことは、首相と韓国の大統領、両方なんですけど、やっぱり日韓関係は客観的に見て大事だから、現在の状況を打開しましょうというメッセージをいつかどこかで発せられるべきだと思います。細かい個々の問題について、国連総会の場で言うとかではないと思います。本気になって日韓関係を打開していくということは、まだ準備はないのではないかという気がします。その覚悟を決めるということが、別にそれは韓国に譲歩するということではないんです。入り口のところで日韓関係は大事だと言って、やっぱり日韓両国政府が静かに対応していくというベースを作るというのが、今のところ大事だと思います。

山口

やはり大局的な観点から日韓関係を考えていかなきゃいけないってことになりますよね?

田中

そうですね。そうですね。私は諸々の問題で、決して日本が言っていることは間違いじゃないと思います。しかし、局面局面だけのことを言っていると、過去の長い歴史上の韓国の位置づけとか、将来の日本と韓国の関係がどれだけ重要なことかということを忘れてしまうのです。ですから、メディアの今の報道ぶりもそうだと思いますが、韓国はだらしない国だ、統治能力がないじゃないか、今の国内政治はめちゃくちゃじゃないかと、そういう報道ばっかりが先だってしまうんです。それが真実であるにしても、日本にとってこれから何が大事かという点を誰もあまり議論しないのは、やっぱりバランスを欠いていると思います。

■「元徴用工問題で確認すべき4つの原則」

山口

牧野さん。そう考えると今一番大事な問題というのはやはり元徴用工をめぐる問題での日本と韓国の相違点というところだと思いますが、どのように捉えていらっしゃいますか?

牧野

おっしゃる通り、安倍総理が韓国と向き合うべきだと決心するには、やはり、まず約束を守ってほしいとご自身おっしゃっておられるわけですから、その問題は解決しなきゃいけないのですが、私が聞いた話だと、最近も日韓で水面下の接触があって、韓国側はやはり「1+1+α」案、日本企業と韓国企業と韓国政府が基金を出したらどうだと。日本企業が参加できないというのは分かるけど、交渉の途中でそれを外せばいいんだから、とりあえずそれで交渉し合おうじゃないかと言っているらしいです。ただ、先ほど国連演説の文在寅さんの発言の内容を見ていると、とても青瓦台が交渉に臨んでくるとは確信を持てないものですから、お互いにまだ睨み合っていると。交渉はまだ進まない状況が続いているということだと思います。

山口

溝が深いままの日韓、特に元徴用工問題です。そこで、田中さんが解決に向けて日韓両国が確認すべき四つの原則があると、お考えだということで、こちらに示させていただきました。
1.大法院の判決に政府が介入することはできない
2.個人の請求権は消滅しているわけではない
3.日韓両国は日韓基本条約・請求権協定で相手国に対する請求権を放棄
4.現在生じている国内法と国際法の齟齬(そご)を解消する責任は韓国政府にある
この四つの原則が日韓の間で確認できて初めて交渉に入れると、田中さんは考えていらっしゃるのですね?

田中

これ当たり前の事なんですけど、要するに、民主主義国で司法権っていうのは独立しているわけで、当然、その司法権に対して行政権が介入できるわけじゃない。これは日本でも同じです。最高裁の判決があったときに、政府がそれをおかしいと言うことにはならないわけです。もう一つの基本原則は、これは日本政府も認めているんですが、個人の請求権まで消えているわけではないということなんです。だから、日本の裁判所に訴えてくる人もいるわけで、ただ現実、裁判所は基本協定で解決済みという判断をするだけのことで、根っこの個人の請求権まで否定されたわけじゃないということです。3つ目に、請求権協定は、政府が合意し国会の承認を得て条約になっているわけです。要するに、請求権は相互に放棄すると。国と国としては相互に放棄するという約束になっているし、交渉の経緯を見てみれば、韓国が放棄した請求権の中に、まさに徴用工の問題が入ってるんです。ですから、いまさら徴用工問題が入ってないんだという言い逃れはできない。従って、国と国との間の約束としては、韓国は国としての請求権を放棄している。4つ目に、今、大法院の判決と、基本的な条約に基づく考え方は一致しないわけです。どの国もそうだが、その齟齬を埋める責任は韓国政府にある。韓国だって認めざるを得ない原則だと思うし、日本政府も認めている原則だと思う。当然、韓国政府がそういう原則の上に乗っかって、齟齬を解消するためにこういう方法で、ということなんじゃないかなと思うんですね。普通なら韓国政府が元徴用工の人々に対して支払いをすると。(1965年の日韓請求権協定の)5億ドルの日本の支払いは、本来そういう人の請求権のために、そういう人たちに配るという目的のものですが、現実には韓国の国づくりに使われたということなので。韓国が韓国の企業にいくらか出せよと言って、払うということには何の齟齬もないと思います。しかし、それを日本企業に求めるのは筋違いなので、韓国政府が自分たちの案を考えて、自分たちで処理をすべき問題であると私は思っています。私は日韓の賢人会議のメンバーでもあり、そういうことを韓国側に対して申し上げたんだけど。(韓国側は)反論できないのです。もし彼らが反論するとすれば、そもそも日韓併合が合法でないんだというところまで・・・。だけど、それをやりだすと、まさに国として成り立ちえない。65年に条約を結んでいるわけですからね。ですから、もう少し冷静に考えるべきだと思いますが、日本側にも問題がある。というのは、ものすごく早い段階で大法院の判決が出たときに、これは暴挙だと、韓国の国内世論を強烈に刺激することを日本政府が言われるわけで。私は、どんと構えているべき問題だったと思います。ところがもう、積もり積もったものがあるんです。韓国政府が、例えば、慰安婦の合意を守っていないとか、レーダー照射の話とか、もろもろの、その問題が蓄積して、日本政府、日本国の中にはやっぱり韓国はけしからんのだという、基本的な認識と言うか、意識があると思います。ですから、そういう言葉がついて出る。しかし、いかに韓国を叩いたって、結果が出るわけじゃない。いつまでたっても、こういう状態で、相手も何をという話になる、これは外交じゃない。外交というのは、もう少し静かに、どこで落とすのかということで、さっき牧野さんが言われたように、静かな対応を続けて、落ちを探すことをやらなければいけない。国民感情を巻き込み過ぎて行動をしている面が両国政府にもあるので、ここでちょっと止めてもらいたい。国内を刺激するのは両方ともやめるべきだと思います。

■日韓関係の位置づけと国益

山口

田中さんは、大局的な見地に立って日韓関係を冷静に考えるべきだとお話をされています。その中で、やはりこの地政学的な観点で見ていくことが必要だともおっしゃっています。それは東アジアの今の情勢の中で日韓の対立が深まっていくと、結局は日本も国益を損なってしまうということですよね?いかがでしょうか?

田中

歴史的にも将来的にも、日韓関係というのはどういう位置づけにあるのか、どのぐらい大事なのかということは、よく考えなければいけないと思います。過去を見てみると、実は、日韓併合する前の数百年を見てみると、朝鮮半島と日本はずーっと戦ってきているのです。何のために戦ってきたかというと、中国の影響力が強くなり過ぎるのを防ぐためにある。例えば、豊臣秀吉が15万の兵力を6年間朝鮮半島に送って、まさに中国と戦うと、中国側が入ってくるのを阻止しようと。それから日清戦争もそうです。日清戦争最大の目的は、清国の朝鮮半島への影響を断ち切るということで、その戦争自身が朝鮮半島で行われている、ロシアの介入に対し、まさにロシアを阻止するために日本は戦争したわけです。朝鮮半島に、歴史に迷惑をかけたということもさることながら、日本にとっていかに重要な地域なのか、いかに日本の安全に重要な地域であったのかということです。そういうことを認識しないで、今だけの話で良いのかと。それから将来のことを考えれば、同じことが起こりうるのです。同じことというのは、私、4日前までボストンにいてハーバード大学で色んな人と議論をしているときに、皆、言うのですよ。アメリカもそうだし、韓国もそうだし、中国もロシアも皆、首脳レベルで北朝鮮とコミュニケーションがあるが、日本だけない、と言うので、ちょっと待ってくれよと。日本がこれまでどれだけ大きな位置づけを朝鮮半島にしていたかということは、考えてもらわなければいけないし、これから色んな問題を解決して北朝鮮と正常化をしたときに、日本からお金が出ていくのだよということを、皆、意識してもらわないと、蚊帳の外に置かれてしまうのですよ。朝鮮半島が中国の影響力が強い地域になっても良いのかと。私は、それは違うと思います。やはりアメリカの影響力とか、韓国が日本と協力して、仮に朝鮮半島が統一されることがあっても、決して中国の言いなりになる朝鮮半島ではないことが必要だと私は思うのです。そうすると将来の関係も含め日韓関係というのはものすごく大事です。今こんなに平気な顔で悪化して良いのだという意識を持つということは、ちょっと私は考えられないです。私はもう一回、韓国に謝るということを申し上げているわけではなくて、日本の国益として、韓国をもう少し大事にして、もう少し客観的に、日韓関係の重要性を見て、打開策を考えた方が良いのではないかということを申し上げているのです。

山口

牧野さん、いかがでしょうか?結局、日韓関係が悪くなると韓国が中国やロシアだったり、そちらの影響力が強くなってしまうと、日本にとっての国益にも影響してくるわけですよね。

牧野

今、東アジアは緊張の度合いが少し緩んでいるので、あまり目立っていませんが、日本とアメリカが「自由で開かれたインド太平洋戦略」というのを進めて、それに対し、中国は最近、ロシアと連携する動きが目立っていて、7月、竹島近辺で共同偵察飛行をしたと言われていますけれど、我々の取材ですと、似たような時期に、ロシア海軍と中国海軍の情報収集艦が、それぞれ太平洋上に出現し、両国連携するような動きが段々目立ってきているのです。INF条約という中距離弾道ミサイルの廃棄条約も撤廃されましたから、この2~3年のうちに、中国とロシア対日本とアメリカの形で緊張がかなり高まることも予想されるわけで、そういうときに、先ほど田中さんがおっしゃったように、韓国を中国の方に追いやるような状況になってしまえば、日本の国益がそれだけ損なわれるだろうという議論の進め方は私も賛成です。

山口

少し今、お話しに出ましたが、北朝鮮を考えてみても、日本にとっても日米韓が連携することが非常に大事になってきます。一つ言えることは、北朝鮮が5月以降、短距離弾道ミサイルだけで10発、発射しています。もちろん、国連の制裁決議に違反しています。韓国はもちろん、日本にとっても脅威となります。この点、トランプ大統領は容認してしまっているのですが、田中さんはどのように捉えていらっしゃいますか?

田中

大変重要だと思います。短距離のミサイル、ミサイル防衛に引っかからないような角度で撃っているのです。ですから、ある意味、韓国や日本にとってみれば、安全保障に対する直接、脅威になっているわけです。ところが、文在寅大統領は国連総会の場で一切そういうこと言わないわけです。単に、夢のような今の38度線を平和の地域にしようという、それは結構だけれど、誰もそれが今の現実だと思ってないわけです。ハーバードで議論をしている時に申し上げたのですが、明らかにトランプ大統領は、国内問題もあって前のめりなんです。ですから、おそらく11月頃平壌にトランプ大統領が行く、アメリカ国内の政治情勢如何ですけれど、そういうことだって想定されている。そのために9月から実務的な会合を開くことが米朝間でどうも合意されている。それに対して韓国や中国やロシアは基本的にみんな賛成なわけです。要するに、トランプが考える結論と、我々が大事だと思う結論っていうのは相当違っている可能性があるわけです。その一つの例がまさに短距離弾道弾、短距離弾道ミサイルの話だと思います。トランプ大統領に言わせると、「いやぁそれは日本が貢献してないのなら日本は黙っていろよ」というような考えで、北朝鮮と交渉を始められては困る。朝鮮半島の問題で日本はど真ん中にいなきゃいけない。日本の意見が必ず反映されるという仕組みにしていなければいけない。韓国とこれだけ環境が悪いことがマイナスに必ずなるのです。だから、そういう大きな枠で考えてもらわないと、今のことだけで考えるというのは、私は賛成できないです。

川村

今の田中さんのお話で一番肝心な点は、アメリカのトランプ大統領は本来、こういう事態が起きれば国連安保理にきちんとかけて、国際的な枠組みの中で制裁をするなり、きちんと今後の問題を考えて行こうということですが、北朝鮮の金正恩委員長も、アメリカとさえ交渉すれば良いと、いずれ日本はそこに付いてくると。韓国の文在寅大統領も国連の演説で一番驚いた、とにかく北朝鮮を刺激しないようにということがメインになっているわけです。では具体的に、今の日韓の中で、日本がどう交渉していくのか。先ほど牧野さんもおっしゃいましたけど、韓国の親日派とか、日韓議員連盟の中では、先日も河村建夫さんがカザフスタンに行って、ムン・ヒサン韓国国会議長と会って色々意見を交換し合っているということは明らかになっているわけですけど、そういう中で、日本の企業や政府も巻き込まない韓国側からの新たな提案が出てきたときに、かつて田中さんが、いわゆるミスターXと北朝鮮との関係で、きちんと話を詰めて小泉総理も決断をし、なお且つ、北朝鮮の当時の金正日委員長も含め、きちんと合意ができた上で、日朝首脳会談が行われた。今のいろんな提案に対し、日本も安倍総理にきちっとそれでいこうという形のパイプを持てる人、なお且つ、韓国では青瓦台の文大統領自身に「これが今一番良い案だと思います。日本側とも詰めていて、ほぼ合意できていますから」というような信頼関係が結ばれることが一番大事なんですが、案はあっても文大統領と安倍総理の中で、お互いの信頼関係を共有できない。どちらかと言うと、我々メディアもいささか偏狭な感情的なナショナリズムに陥っている。それが今、全体の空気を悪くしている感じがします。

■「条件つけずに米朝首脳会談」の行方

山口

安倍総理ですが国連での発言を確認します。

大木

安倍総理は国連総会の一般討論演説の中で「いかなる前提条件もつけずに北朝鮮の金正恩委員長と会談する用意がある」と発言、北朝鮮の首脳との会談に意欲を示しました。田中さん、先ほどの話ですとアメリカ任せはもう無理だという中で、安倍総理も独自のルートでの交渉というのは必要になってきそうですね?

田中

独自のルートでの交渉というか、日本が大事だと思う国益とアメリカが大事だと思う国益とが必ずしも一致しない場合があるわけです。拉致問題、先ほど申し上げた短距離ミサイルの問題ですとか、諸々の問題で、日本の意見、日本自身がある程度パイプを待って交渉していかないと日本の利益を他の国は守ってくれないですよ、それは。日本自身の努力によって守る必要があるということです。首脳会談をやるのに、この期に及んで前提条件無くと言っても、あんまり意味がないですよね。誰も前提条件を付けて外交をしているわけではないのです、関係各国は。本当に重要なのは、具体的な中身を詰めていく作業を誰かがどこかでやっておかないと、北朝鮮のような問題は危なくてしょうがない。今のトランプ大統領がもし平壌に行ったら、物事が前に進んでいく可能性があるわけです。もちろん大きな合意はできないです。大きな合意というのは、完全なる非核化の道筋を、詳細を描くような合意はできないけれど、その第一歩的な、スモールパッケージみたいなものは合意する可能性があるんです。その段階になると日本は置き去りになる可能性すらあるということです。日本の国内向けのステートメントだけやっていても、相当遅れた時期に来ているんじゃないかと、何とか努力してもらいたいという気はしますけれどね。

大木

拉致被害者家族の高齢化などもあり、日本としては一刻も早く解決に結びつけなければいけない中で、今、安倍総理がすべきことはどのようにお考えですか?

田中

私は、アメリカも必ずそうすると思うんですが、何よりも平壌に連絡事務所を作ることです。連絡事務所を作り、日本自身で拉致を解明するという意欲を示さないと、「あなた方、行ってきなさい、それを我々が査定するんだ」という態度で、いつまで待っても、物事が進んでいかないじゃないかと。本来はそうじゃないはずなんですが、北朝鮮が言っていることが正しいのか否か、自分の目できちんと精査する体制を早く作らないと、いつまでも待てるわけではないと思います。

山口

牧野さんはいかがでしょう、日本政府がとるべき北朝鮮の対応とは?

牧野

アメリカの知人から聞いた話では、トランプさんは非核化よりも米朝関係の維持で頭が一杯なので、明らかに日本の国益とずれているわけです。日本も独自に刺さっていかなければいけないですけれど、そのためにはどうするのかと。北朝鮮は今、日本に対して政治的なインタレストは全くないので、やるのであれば、北朝鮮の人は実利を非常に喜ぶので、経済的なアプローチを取って、例えば、将来の北朝鮮の発展に向けて投資の話とか意見交換をしましょうと。そうするとバックにいる人たちを通じて、トップにつないでもらって、そこから会談に持っていくと。しかし、そこでは根本的な核の問題とか、拉致問題は解決できませんから、例えば、田中さんが今おっしゃったような連絡事務所を作るとかそういったことで一歩進めて、そこから始めて交渉を進めて行くと。そういったアプローチなんかは考えられると思いますね。

山口

川村さんいかがでしょうか?

川村

先ほども出ていましたけども、安倍総理が最近よく言われる「いかなる前提条件もつけずに」っていう事ありますよね。それに対して、北朝鮮の宋日昊(ソン・イルホ)対日大使(朝日国交正常化交渉担当大使)が「とんでもない」と。「いかなる前提条件も付けずに」と言いながら、安倍総理のこれまでの発言は、拉致とかを含め自分のときに解決すると、いわば前提条件を最初からつけている発言じゃないか」という反論が来たわけですね。田中さんが小泉総理と訪朝したときに結んだ、平壌宣言というものがある訳ですが、全体の大きな解決に向けての枠組みなんですけれど、それを北朝鮮側も破棄したとは言っていないわけです。ですから、平壌宣言を大事にして、今後は日朝関係の打開を図りたいという言い方を安倍総理はして、その流れで平壌宣言をいかに実行していくのか。平壌宣言の中に拉致、核、ミサイルということは入っているわけですから、実務的な交渉を進めていく。本来であれば今の金正恩委員長にきちんと物事が発言できるミスターXのような人と日本の外交当局がきちんと交渉を結べるルートを開拓していくということが必要だと思うんですが、私の取材では、残念ながら、今、官邸の外交の方が、ある意味では軍事的な話の方が進んでいるので、むしろ外交がここで奮起する時じゃないかと思います。

■「一番大事なのはトップのコミットメント」

山口

田中さん、今、日韓関係は非常に悪い状態になっています。そういう中で、国家間の交渉で最も大事な事はどう言う点だと思いますか。

田中

一番大事なのはトップのコミットメント。日韓関係を良くしなきゃいけないんだというコミットメントが第一だと思います。それがなければ、どんな交渉をしてもまとまらないです。交渉というのは日本の言い分が100%通る訳じゃないですから、当然ギブ&テイクにならざるを得ない。結局、政治家が判断せざるを得ない。ですから、本当に日韓関係が大事だから結果を作るんだという政治家のコミットメント、安倍さんのコミットメントですね。これがあるということがすごく大事だと思います。私が北朝鮮問題に携わった1年間を通じて、非常にハッキリとした小泉さんのコミットメントがあった。「俺は行って問題を解決するんだ」と、こういう強いコミットメントがあったから、僕らはすごく楽だったんです。ですから、まず政治家のコミットメント。2つ目に大事なのは、要するにWinWinでなければいけない。大きな画を描いて、その中で結論を得るという努力。それから信頼関係です。信頼関係がないと、相手がいつ裏切るか分からないとか、相手が尊敬できないとか、そういう事であったら結果は作れない。外交も人間関係ですから、そういう意味では国と国との信頼関係、個人と個人との信頼関係、首脳と首脳との信頼関係があったときに、関係は上手く打開されるのではないかと私は思います。

山口

そういう意味で、今の日韓を考えた時、両国の世論の動きも大きいでしょうか?

田中

世論の動きも大きいですね。牧野さんの方がご存知かもしれませんけれども韓国の分断は激しいです。今の保守と革新、それから検察を巡る争い、世代間の争い。今の文在寅政権というのは革新政権です。今の安倍政権は保守政権ですね。これは水と油みたいな部分がある。例えば、韓国の世論を見れば、日本に厳しくすることについて一定の合意があるから、国内が厳しくなると日本との関係を厳しくするという力関係が働いてしまいます。日本も同じようなことが言えるかもしれない。おっしゃる通り世論自身に対する働きかけも大事だと思いますね。

(2019年9月29日放送)