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#149

奈良・鎌倉・京の大仏

今回は、奈良・鎌倉・京都の大仏、「日本三大仏」を巡る旅。中村雅俊さんが、京都の「幻の大仏」の謎を紐解くため、奈良・東大寺へ。さらに鎌倉へ…。実際にそれぞれの地を訪ね大仏の秘密を探ると、三大仏の意外な関係が見えてきました。
まず、日本を代表する大仏と言えば、奈良・東大寺の大仏。正式名称は盧舎那仏坐像(るしゃなぶつざぞう)で、座高は約15メートル。今から1300年も前に、なぜこれほど大きな仏像が作られたのか?当時の日本人を苦しめた政変や災害、疫病が重なった苦難の時代。仏教の教えをもとに国を鎮めることを願った聖武天皇の思いとは?また今回は特別に、大仏の台座まで大接近。堂々としたお姿に刻まれていたのは、繰り返された修復の歴史と、鎌倉殿や秀吉との物語。奈良の大仏をも襲った源平合戦の戦火。平家を倒し、東国の覇者となった源頼朝との知られざる繋がりとは?
そして、名高い「鎌倉大仏」も現地取材。これを作ったのは、意外にも源頼朝ではないと言います。では誰が作ったのか?鎌倉の地に大仏が必要だった理由とは一体?

さらに、京都の「幻の大仏」。作ったのは、豊臣秀吉。そもそもは、戦国時代の戦火で被災した奈良の大仏の修復を任されていました。では秀吉はなぜ、奈良の大仏を修復せず、京都により大きな大仏を作ったのか?そして、のちに焼失し、今はその姿が無い京都の大仏はどんな姿だったのか?謎を探るため、京都東山の方広寺へ。すると、秀吉が大仏に込めた、京都に対する深い愛情が見えてきました。
また「日本三大仏」よりも古い、日本最古と言われる大仏を拝むため、奈良県明日香村へ。6世紀、国の中心だったこの地に建つ飛鳥寺。推古天皇、聖徳太子、蘇我馬子の共同発願によって作られた飛鳥大仏は、奈良や鎌倉の大仏とは趣が違います。いにしえの日本人が大仏に求めた役割が明らかに!
 
【専門家出演者】
●京都ジャーナリズム歴史文化研究所代表
歴史作家
丘眞奈美さん
 
●群馬県立女子大学
大学部美学美術史学科 教授
塩澤寛樹さん