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#218

『独ソ戦』著者が読み解くウクライナ戦況

ロシアによるウクライナ侵攻から3か月。ロシア軍は、東部戦線に戦力を集中させており、ルハンシク州の重要都市セベロドネツク攻略に向け、市街戦に突入しました。2022年5月22日の『BS朝日 日曜スクープ』は、ベストセラー『独ソ戦』著者の大木毅さん、防衛研究所の山添博史さんとともに、最新情報をもとに、戦況の行方を分析。砲撃に頼るロシア軍の特徴も分析しました。

■アゾフスタリ製鉄所「捕虜の扱いが懸念」

菅原

東部戦線が激しさを増しています。ロシア軍がおよそ1万5000人の市民が残る東部の主要都市を包囲しようとしています。目まぐるしく変わる東部の戦いを詳しく見ていきます。

上山

きょうのゲストですが、こちら累計18万部のベストセラーとなった「独ソ戦」。第二次世界大戦でのナチス・ドイツとソ連の戦いで何が起きていたか、細部まで書かれていて、戦争の本質をえぐり出すような本です。きょうはその著者、大木毅さんにお越しいただきました。よろしくお願いします。

大木

よろしくお願いします。

上山

大木さんは、今回のウクライナ侵攻と独ソ戦の共通点を指摘されていて、後ほど詳しくお話を伺います。改めてよろしくお願いします。そしてもう一方、ロシアの軍事・安全保障がご専門の防衛省・防衛研究所、山添博史さんです。よろしくお願いします。

山添

よろしくお願いします。

上山

最初のテーマはこちらです。「マリウポリがついに陥落か 製鉄所の兵士が全員投降」。詳しく見ていきます。

アゾフスタリ製鉄所に大きな動きがありました。ロシア軍は約1カ月にわたり、製鉄所を集中的に攻撃しました。ロシア国防省のコナシェンフ報道官は「4月21日から、ウクライナのナチス団体であるアゾフ大隊に占拠されていたアゾフスタリ製鉄所は、すでに解放されました」と発表。製鉄所に残っていたアゾフ大隊の兵士531人が投降したとロシア国防省が発表しました。

16日から、製鉄所の兵士たちが投降を始めたのですが、「ある作戦が進行中であり、その詳細は明かせない。全世界に感謝し、ウクライナの支援に感謝する」として、一部兵士は投降を拒んでいました。それが20日になって一転、「軍の上層部がアゾフ大隊の兵士の命を救うため、防衛任務を停止するよう命令を下した」ということで、残っていた兵士も投降するようになったとのことです。山添さん、残って最後まで戦うとしていた兵士が投降しました。彼らが投降したことで「命が救われた」と言えるのか。どうお考えですか。

山添

非常に心配ですね。ロシア軍が今までやってきたこと、加えてアゾフ大隊をナチスと呼んでいること。これは事実無根と私、考えているんですけれども、許すべきではない敵であるとロシアは捉えているので、無事で済まない人は必ず出ます。ロシア側の意図として、どれくらいを捕虜交換に出すのかというのが、ここからの、まともなウクライナ・ロシアの間での交渉がちゃんと成り立つかどうかという大きな試金石になると思います。ただ、ロシアの国営放送でも、投降した兵士を国際法に則って手厚く扱っているという映像も出てますので、彼ら全員を厳しく処罰するというのはちょっと成り立ちにくいとは私も見ています。

■マリウポリ戦闘長期化“2つの意味”

上山

捕虜交換についてはこのような話も出ています。ロシア国防相は、これまで製鉄所から投降したウクライナ兵士には合わせて2439人としていますが、5月20日、アメリカの戦争研究所は 「ウクライナ兵士と交換される可能性のあるロシアの捕虜の数を最大化するため、アゾフスタリ製鉄所から避難したウクライナ兵士の数を誇張している可能性がある」と指摘しています。

捕虜交換になったときにロシア兵を1人でも多く解放させるため、ウクライナ兵を多く発表しているということですが、山添さん、そうすると捕虜交換の可能性は残っているということでしょうか。

山添

そうですね。これはウクライナもそうなんですけれども、ロシア側も全てを言うはずがないので、実際に、当事者同士の交渉でもだまし合いがありますし、ここで公表するということがすべてとは限らないですね。ただ、ゼレンスキー大統領が英雄として迎えると、アゾフスタリで戦った人々に対して言っている。ウクライナはかなり力を入れていると思いますので、これが全部失敗するということになると、これはこの先がかなりまずいことになると思います。

上山

大木さん、マリウポリは町に包囲され、ロシアの激しい攻撃を受け続けました。その中で3カ月耐えた、これは現在の戦況にどんな影響があるとお考えですか。

大木

まず、このマリウポリという町は道路の結節点であり、重要な港湾を持っているところです。ロシア本土とクリミア半島をつなぐ回廊地帯を機能させるために、このマリウポリという町を占領することは必要だったわけです。逆に言うと、その道路の結節点と港を奪ったことによって、その時点で実は軍事的な目的は達していたのですが、明らかに、もうほんの数日で落とせるんじゃないかとか言っていたところがこれだけ粘ったわけで、これは一種の政治的なシンボルとしての意味を持ったわけです。

ですからロシア軍としては、これを落とさないわけにはいかなくなった。実際に一時そういう動きも見せましたけれども、包囲してそのまま兵糧攻めと言いますか、放っておく手もあったわけなんですが、多大な犠牲を出して攻略にかかったし、また、それだけの兵力が拘束、つまり、足止めされてしまった。その分、他のドンバス地区であるとか、クリミア、ハルキウとかに、本来使えるはずだった部隊がここに拘束されて長引いてしまった。そういう軍事的な意味と、シンボルとしての意味があると思います。

上山

なるほど。2つ、両面あるということですね。

菅原

ロシア軍がマリウポリを無差別攻撃しましたけれども、片山さん、ロシアはあくまで解放だという言い方をしてはいるんですが、実際には街を破壊し、そして民間人を殺害している。こういった状況をどう見ていらっしゃいましたか。

片山

先ほど大木さんが言われましたように、一つの軍事戦略だったんでしょうけれど、これがこんなに手こずって、いわば政治的な意味合いを帯びるようになった。ロシアの損害も大きいですから。すると、やはり例のネオナチから解放するという、神話というかフェイクに結び付けやすくなりましたよね。おそらくネオナチの拠点を制圧したと、そういうフェイクニュースをロシア国内で流して、それが流通するということに当然なるんでしょうけれども、これは絶対に歴史によって正されなきゃいけないし、処断されなければいけないと思いますね。

菅原

本当に許されることではないですし、同じことが起きてほしくはないと思います。

■東部戦線「砲撃を集中する戦い」

菅原

マリウポリのように、ウクライナ東部ではロシア軍が民間人に対する無差別的な攻撃を続けています。東部で新たに10万人都市を包囲しようとする動きを見せています。続いてのテーマはこちらです。「第2のマリウポリになる恐れ ロシア軍が東部で包囲作戦」。

東部でウクライナ軍とロシア軍、東部戦線の主導権を握ろうと、双方が攻勢に出ています。そうした中で、ロシア軍の動きが注目されています。5月18日、アメリカ国防総省の高官は「東部の戦闘をみると1週間以上に渡ってロシア軍の攻撃作戦の規模やスケールが小さくなり、目的が局所的になっていることがわかる」ということです。攻撃が縮小しているとも取れますし、目標が絞り込まれているのではないか、そのようにも受け取れます。

こちら、東部の拡大地図に移ります。東部の戦い、侵攻から3か月になりますが、今、最大の激戦になっていると言われています。ウクライナのゼレンスキー大統領は「ドンバスでロシア軍はさらに強い圧力をかけようとしている。そこは地獄だ。誇張ではない」。非常に厳しい見方をしています。実際にロシア軍の無差別的な攻撃は続いています。

ウクライナ軍とロシア軍の戦いも非常に激しいようです。こんな事が報告されています。ハルキウ市周辺から撤退したロシア軍の一部がドネツク州西部に再展開しているということですが、ウクライナ軍がそのロシア軍人の電話を傍受したところ、ドンバスに到着した400人のロシア兵の一部がハルキウ州で経験した戦闘と比べその激しさでショックを受けているということです。他の地域で戦っていた兵士が驚くほどの激しい戦いだと言います。

大木さん、侵攻後、首都キーウ周辺など様々な場所で戦いがありましたが、東部の戦いが非常に激しく、ウクライナ軍、ロシア軍、双方が大きな損害を出しながら戦っているということですが、東部では他の地域以上に激しい戦いになってしまうのか、どう見ていますか。

大木

まず、よく独ソ戦とそっくりじゃないかということを、この戦争について言われるわけなんですが、実は独ソ戦といわれて皆さんが想像されるような、両軍の機甲部隊が入り乱れて流動的な戦闘を行うというようなことは、実はこの時季には起きていません。

菅原

戦車同士がぶつかり合うようなことが…。

大木

どういうことかと言いますと、ちょうど今回の戦争はラスプーティツァ、「道のない季節」という意味ですけど、泥で車両が動けない。わざわざその時季に入る直前か、あるいはすでに入っていたかもしれないんですが、そこで戦争を始めている。ですから、機動戦と呼ばれる、相手の側面や背後に回り込んで、補給や通信の要地を抑えて打撃を与えるというような戦闘は今のところ起きていない。

そういうところで戦争をすると何が起こるかと言うと、スマートな、機動をつくして相手の弱点を突くような戦い方ができないものですから、(双方が)陣地を作って対峙し、物理的に人員を殺傷したり装備を破壊する、そういう戦い方になります。そこで主役となるのは砲兵です。だから私は、この東部ドンバス地域というのは、2月24日に開戦してからここまでのところ、独ソ戦というよりはむしろ第一次世界大戦のときの西部戦線、あの時は結局、機動戦が失敗して、中立国のスイス国境から英仏海峡に至るまで長大な陣地ができて、そこで1週間、2週間に渡るような、ぶっ続けの砲撃を加えて、相手の陣地を崩そうというような戦闘が起きましたけれども、その第一次大戦の西部戦線ほどではないにしても、おそらく両軍、砲兵を集中し、ということが起きているんだと思いますね。

菅原

第一次世界大戦の西部戦線と似たような状況になりつつあるということです。こうした中、ロシアのショイグ国防相は、「ロシア軍とルガンスク人民共和国軍の共同作戦により、制圧した地域は拡大している。ルガンスク人民共和国の解放は目標達成に近づいている」。ロシアはドネツク州、ルハンシク州の全域支配を目標に掲げていますが、そのうちルハンシク州全域をまもなく支配すると、自信を見せています。

■セベロドネツク包囲を優先したロシア軍

菅原

ウクライナ東部の戦況を見ていきます。まず東部の「西」側ですが、5月21日、戦争研究所は「ロシア軍はイジュームの南東で小さく前進した」と分析。そして東部の「東」側ですが、「ロシア軍はルハンシク州におけるウクライナ側の最後の拠点、セベロドネツクの包囲に動くと思われる」ということで、ロシア軍がセベロドネツクを包囲しようとしていると分析しています。詳しく上山さん、お願いします。

上山

こちらが毎週、番組でお伝えしている、東部の戦いの最重要地域を拡大した地図です。

注目する点は2か所あります。まずは、東部の「西」側、イジュームからスロビャンスクに向かって高速道沿いに南下する戦い、これは現在、ウクライナ軍がロシア軍の進行を止めています。

一方、ロシア軍の攻勢が強まっているのはこちら、東部の「東」側です。ロシア軍が標的としているとされるのが「セベロドネツク」です。人口およそ10万人、ルハンシク州の行政の中心地です。そして川を挟んで隣接する「リシチャンシク」。ここも人口がおよそ9万5千人、ルハンシク州の主要都市です。

赤い色がロシアが制圧した地域ですが、セベロドネツク、リシチャンシクに迫っているのがわかります。特に懸念されているのが、ロシア軍が包囲しようとしている動きです。ポパスナを制圧したロシア軍は北西に向かって進んでいます。

さらに北から南下しているロシア軍は、「シヴェルシキー・ドネツ川」を渡り、南へ向かおうとしています。先週注目された、ウクライナ軍が川を渡るロシア軍を攻撃し、阻止したのは、この動きを止めるような戦いでした。

北からのロシア軍と、南からのロシア軍が合流すると、セベロドネツク、リシチャンシクの補給路は断たれ、包囲されることになります。「第2のマリウポリ」になる恐れも出てきたのです。

ロシア軍の動きには勢いがあるという見方があり、オーストラリアの戦略研究所のルーザー氏は、「ルハンシク州のポパスナ周辺の状況は、ウクライナ軍にとって最も懸念されているようだ。ロシア軍はこの戦線に多大な努力を注いでいて、明らかにウクライナの防衛線で、かなりの距離を突破することができた」 としています。

山添さん、ロシア軍が攻勢を強めていますが、セベロドネツクが包囲される動き、どうご覧になっていますか?

山添

ここ数週間、じりじりとこの戦線でロシア軍が前進していると伝えられていましたので、やはり、そこの目標がセベロドネツクということなんだろうと思います。そのために包囲の規模を小さくして集中していると見受けられます。

上山

ここ(セベロドネツク)を囲むのに、包囲を小さくしていると。

山添

ハルキウ州の南のイジュームからの南下を狙っていたように見えたんですけれども、そこのイジュームの背後がウクライナ軍によって脅かされつつあるので、もう少し東の方にロシア軍が集中して、少しずつセベロドネツクを落とし、その次リシチャンシクを落としていうように、ゆっくり時間をかけても進んでいくと狙っているように見えます。

■ロシア軍によるセベロドネツク包囲の可能性

上山

この8日間のロシア軍の侵攻状況を見ても、 赤い丸がついているポパスナ周辺から、セベロドネツクを包囲するような動きが進んでいるのがわかります。セベロドネツクが包囲される可能性について、山添さんはどうお考えですか?

山添

はい、もちろん可能性があって、これはウクライナ軍がまだ公に見せていない動き、ロシア軍が公に見せてない動きによって決まるはずなので、しばらく見守るしかないのかなとは思っています。ロシア軍がここをやりたいのは確かで、ただ、ショイグ国防大臣の発言は、自信があるとは言えるのかもしれないですけれども、実際に4月末にマリウポリを落としました、もう終わりましたと言ってから1カ月やっていたわけなので、そんなに事実や本当の自信と関係がないかもしれないですね。今のところ、ウクライナ軍がハルキウ周辺で押している、ウクライナ軍ばかり進軍しているという情報がもしロシア国内に伝わっていた場合、ロシアの進軍が遅いんじゃないか、おかしいんじゃないかという疑問を持つ人がいるかもしれない。それに対して、これは、ロシア軍は今、もうすぐできるんですよと言っておいて安心させる、強がるという意図があるのかもしれないです。

上山

この地域には「シヴェルシキー・ドネツ川」が通っています。相手の動きを制限するため、お互いが橋を破壊しています。これはロシア軍が制圧したルビージュネからセベロドネツクにつながる橋なのですが、ウクライナ軍の特殊部隊が、対戦車地雷を橋の下に設置して、このように爆発させて破壊しました。この橋というのが、地図でいうとこの場所になります。

そしてもう1つ、重要な橋が破壊されたのですが、セベロドネツクとリシチャンシクをつなぐ橋を、今度はロシア軍が破壊したということです。山添さん、戦争研究所は「補給路を断つ狙いではないか」としていますが、ロシア軍はリシチャンシクとセベロドネツクを切り離してそれぞれ孤立させようとしているということですか。

山添

そのように見えますね。孤立させる方が各個撃破には重要な効果があります。

上山

そうされてしまうと、やはりウクライナ軍としては、かなり厳しい状況になるということなんですか。

山添

個別に後ろから支援をしないといけないということになります。

■ロシア軍の戦い「これしかできないのでは」

上山

大木さんに伺いたいんですが、ロシア軍は東部での目標をこのセベロドネツクに絞って攻勢を強めている。ロシア軍としては、この都市を包囲しようということですが、こういったロシア軍の戦い方、どのように、ご覧になっていますか。

大木

私はですね、目標を絞ったというよりも、これしかできないんじゃないかという疑いを持ってます。

上山

これしかできないんじゃないかと。

大木

それは、この戦争が始まって以来、ロシア軍の現場の指揮官、大隊長、中隊長、小隊長、分隊長。そういった下級指揮官の質が非常に低いことが明らかになっている。今、世界の軍隊は、特に米陸軍・海兵隊は、ミッションコマンドというようなことを言って、上からの命令でああしろ、こうしろと言うんではなくて、例えば、この町を48時間以内に一個大隊で占領しろと。やり方はお前に任せるというような、やり方になっている。世界的にそういう動きになっているんですけれども、権限の下方委譲ということです。しかし、これができるためには、現場の指揮官が非常に高いレベルで平準化されていなければなりません。戦略あるいは作戦の要求するところを理解して、自分で判断できなければならない。その力がないということは、大機動作戦であるとか、突破急進して相手の後方をつくというようなことができないということになります。

さらに開戦以来、相当数の下級指揮官が死んでいるわけです。元々、質が悪かったところに、多数の下級指揮官が死傷している。そこで軍隊の質というのは大幅に低下します。日中戦争の日本陸軍にもベトナム戦争のアメリカ軍にも起こったことです。そこから考えて見ると、さらにキーウ攻略で失敗したことによって物質的にも損害が出ていますし、それを人員・装備を補充することもできない、指揮官の質は下がる一方で、大規模な機動作戦はとてもできない。だとすれば、もうきっちり分厚い命令書を作って、まず何時間攻撃する。それから見渡しの効く高地を取って戦場を制圧する。それから、こういう部隊をこの順序で投入してというような、決まった順序でしか作戦を実行できなくなっているんじゃないかと、私は思います。

上山

包囲して攻撃するというのは、どのように見たらいいですか。

大木

包囲して攻撃するというのは、どこの軍隊でもそれがやれれば上手くいきますから。それとですね、この段階になるとおそらく戦争のフェーズが変わっています。街を一つ守るということは、2月24日に始まって1カ月ぐらいの間、とても大事なことだった。寸土でも譲れば、もうウクライナは抵抗できないんじゃないか、援助しても無駄じゃないかと、アメリカをはじめとするNATO諸国あるいは他の諸国にもそういう印象を与えてしまうからです。ただし今、その段階はもう終わった。多少退いても、多少譲っても、NATOからもらった兵器に習熟して、戦力化して反撃して取り返す。おそらく、それができる。

こんなエピソードがあります。独ソ戦の時に、ウクライナ方面のドイツ軍を指揮してきた司令官は、マンシュタイン元帥という、非常に有能なことで知られた人物なんです。このマンシュタイン元帥がヒトラーにハルキウ、当時の呼称では、ハリコフを死守せよと言われて発した言葉とされていますが、「一個軍を失うよりは、一都市を放棄した方がマシだ」と。つまり、おそらく戦争は、その一個軍、つまり野戦軍の主力を潰すか潰されるかという段階に移っているので、例えば、ここで仮に撤退して街を受け渡したとしても、今月末あたりからNATOに寄与された兵器を戦力化した部隊の第一陣が投入されて、大規模な反攻が可能になるはずですから、おそらく、そうして取り返せば良いというような発想がウクライナ側にあると思います。

■ロシア進軍での犠牲「『第2』ではなく何十も」

上山

気になるのはセベロドネツクにはまだ1万5000人の市民が残っていると報じられています。すでに電気や通信手段が1週間、断たれているということで、山添さん、マリウポリと同じように民間人の犠牲が増えないか心配なのですが、どうお考えですか?

山添

これはかなり大きい懸念だと思います。既にこのマリウポリの攻防戦の時においても、イジュームについて同じようなことが言われていまして、今、イジュームをロシアが制圧したと、私が一言で言ってしまうその現場では、この砲撃や包囲、進軍において相当の犠牲者が出て、今、証拠隠滅が行われているはずです。

そう言ったことがルハンシク州、だいぶ赤くなっていますが、全てのところでそれが起こっている。「第2」ではなくて、もう何十も起こっている。このセベロドネツクでも、これからウクライナ軍が開け渡せば、それが起こるということです。今、それはまだ、セベロドネツクをウクライナ軍が守っていますけれども、遠距離からの砲撃はロシアから色々届いていますので、すでに民間施設、民間人の住んでいる所はどんどん被害を受けていますし、もっと迫ってくれば、もっと大きな被害、それから証拠隠滅が行われる。徹底した殺戮も行われるということです。

上山

片山さん、およそ1万5000人が残されている町をロシア軍が包囲しようとしている。あのマリウポリと同じことが起きるかもしれない。どれだけひどいことが起きるのか目の当たりにしている国際社会は、どう対応すべきとお考えですか?

片山

今、山添さんがおっしゃいましたように、ここに限らないことですから、早くロシアに侵略を止めさせる、戦争を止めさせるということしかないですよね。本来、国連がそういう役割を果たすことが期待されているわけですよね。こんなことにならないように。ところが、国連の中で、こういうことを起こさないようにするための保証人とでもいうべき立場にあるような安全保障理事会常任理事国の一つであるロシアがこんなことしたわけで、そうすると国連の機能は十分果たせなくなりますよね。それなら、アメリカを中心にしてNATOが直接介入するかどうか、ですが、これはないとすれば、あとは、今やっているような、兵力ではなく、兵器とか物資とか財政とか、そういうものでウクライナをみんなで支援すると。それをこれからも続けて、且つ必要なものをさらに充実するというしか、もう今、残念ながら他に打つ手はないですよね。

■両軍双方に“弱点” 修正できるかの争い

菅原

今後の東部戦線を見ていく中で、ロシア軍の状況について、このような指摘もあります。ウクライナ軍のアレストビッチ大統領府顧問は、「率直に言ってロシア軍は都市部での戦闘を成功させるための十分な戦力を持っていない」と指摘。セベロドネツク周辺のロシア軍について「ポパスナの占領でロシア軍は大きな打撃を受け、各大隊戦術群ではせいぜい人員の20%が残った程度」。ロシア軍が相当消耗しているとの見方があります。

さらに両軍の「決定力不足」を指摘する声もありまして、ウクライナ軍は、「ウクライナ軍は兵力も戦術もあるが、火力が無い」。兵器が弱いとしています。これに対してロシア軍は、「ロシア軍は前線から離れ、激しく砲撃しているが、それに続く歩兵が足りず、諸兵科連合の作戦は依然として弱い」。砲撃は強いが、歩兵が不足していると指摘しています。山添さん、ロシア軍も東部において消耗しながら侵攻しているという指摘もありますが、具体的に今後の展開というのは全体的にどう見ていますか。

山添

英国王立安全保障研究所(RUSI)のエヴァンズさんのご指摘の通りだと思いますけれども、ウクライナ軍にこれから火力がどれぐらい補充されて使用可能になるかという争いと、ロシア軍にその砲兵や、それからその全体の運用ですね、それがしっかり出来てくるかどうかということの争いになるかと思います。

菅原

どちらが早いかという競争にもなっているということのようです。

■ロシア軍の補給路を狙うも…

上山

続いてのテーマはこちらです。ウクライナ軍『反転攻勢』 ロシア軍の補給路に接近」。

こちらが、ウクライナ軍が「反転攻勢」を強めるハルキウ州の最新の状況です。赤い色で示されているのがロシアが制圧している地域、緑色で示されているのがウクライナ軍が取り戻した地域です。

ハルキウ周辺から北と北東に向かってウクライナ軍がロシア軍を押し返す動きが続いています。5月19日、ウクライナ参謀本部は、東部ハルキウ州でロシア軍が一時制圧していた23の集落を奪還したと発表。ロシア軍はハルキウ市周辺から撤退していると伝えられていましたが、5月21日の戦争研究所は、ロシア軍はウクライナ軍が国境に向かって前進するのを防ぐためハルキウ市周辺で部隊の再編を強化している可能性があるとしています。ロシア軍もウクライナ軍を食い止めようと、手を打っているということです。

最も重要なポイントは、ロシア国内からイジュームにつながるロシア軍の補給路これをウクライナ軍が断ち切れるかどうか、反転攻勢がそこまで届くのかどうかという点です。新たな動きとしては、ウクライナ軍がザリチニという町を奪還したという情報があります。この場所、ドネツ川を渡って東側なんです。ドネツ川を東に渡るのに時間がかかるとの見方もありましたが、ウクライナ軍は川を超え、この補給路に迫ってきています。山添さん、反転攻勢が始まって3週間ほどですが、現在の戦況どうご覧になっていますか?

山添

やはりウクライナ軍が、ハルキウ州のイジュームからロシア軍が南下して行く、そこからスロビャンスクに向かうという作戦を妨げようと、そのために補給路を遮断して撤退させようと狙っている。その大きな趨勢は続いていて、ロシア軍もそれを読んでいると思います。

それで実際に、どこをどのくらいウクライナ軍が進んでいて狙っているかというのは、これはそれが起こるまで完全には明らかにしないはずで、本当の目的がここだというのを明らかにして、それをまっすぐやるとは限らないんですね。本当にそれを狙うかもしれませんし、ウクライナ軍が例えばここを取ったということを言わない可能性があります。言わなければロシアもそれを明らかにすることはあまりありませんので、我々にはまだ見えていない動きがあって、ウクライナ軍が一番有利な場所を狙って攻撃するんだと思われます。

上山

ウクライナ軍ロシア軍、双方ともに動きが明らかにしていないというところがあると。このザリチニという地域。ウクライナ軍が川を渡った。この意味というのは、どうなんでしょうか。

山添

川を渡れたとすればですね、川を渡ってすぐというのはすごく脆弱であるわけですね。ですから、そこの周りでも、渡ったウクライナ軍を守れるだけの兵力の移動がある。あるいは、その支援があるということが、少し推測が立つかなと思いますので、実際には色んなところでの前進があるのかもしれません。

■「ロシア領内まで狙うとABC兵器の恐れ」

上山

大木さんもハルキウ周辺の動きには、注目されているということですが、現状どうご覧になっていますか。

大木

私が注目するというのは、政治的な意味がありまして、かつてのロシアとの国境まで押し戻したとして、その先まで行くのか、ロシア領内に入るのか。これは軍事を超えて政治的な決断です。(ロシア領内の)ベルゴロドというのは、重要な補給の策源地ですから、そこは軍事的に言うならば取りたい、しかし、そんなところに手を出せば、これはもうロシアからしてみれば「それ見たことか。ウクライナがついに我が国土に侵略してきた」ということになるわけですね。そうなれば、あるいは ABC 兵器を使って阻止するかもしれない。

上山

核兵器や生物化学兵器などを使う可能性があると。

大木

しかも停戦はますます遠のくでしょう。地上部隊を攻め入らせないまでも、じゃあ例えば、そこから航空機、あるいはドローン、あるいは特殊部隊で、ロシア領内の物資集積地、ベルゴロド周辺であるであろう、そこを叩きに行くのか。しかし、それは単に軍事の域を超えて、停戦とかも含めた政治的な決断になりますから、これは非常に注目すべきところかと思います。

軍事的に言いますと、じゃあ国境は越えないと。これから南東ですね、南の東に向かってどんどん進んで、ロシア軍の後方の補給線を断っていくのか。ただ、ロシア軍の指揮が上手くいっていないんじゃないかと思うのは、こういうところに現れていまして、攻勢をかけていく時に、軍事の常識として、攻撃してくる強いところに味方の強い部隊をぶつけたりはしないんです。味方の強いものを弱いところにぶつけてくる。この場合でいくと、攻勢をかけてくる旋回軸、ピボットであるとか、その後方の補給連絡を危うくするところに、ぶつけてくるのはむしろ常識なんですね。だから、当然、相手が反撃を仕掛けてくるであろうところに、側面援護の部隊を張っていく。さらに補給源のあるところには守備隊を強化して置くということを当然やるべきですし、やるはずなんです。ところが、山添さんがおっしゃったように、渡河直後の一番脆弱なところで逆襲も仕掛けていない。これは指揮官が反応できないのか、それとも、そうやって側面援護なり、補給の守備に充てる予備兵力がないのか。いずれにしても軍事的には、あるいは作戦的には、そちらが注目すべき点かと思います。

■“ロシア軍の補給路”狙うとしたら…

上山

この川を渡ると言うことに関しては、大木さんはやはりここでロシアがうまく押し返せなかったこと、ここが少しロシア軍としては不安定な要素があるというお話ですが、さらに実は、注目したいポイントというのがあるんです。川を渡ってザリチニに達したウクライナ軍が次にどこに動くのか。補給路を断つ方法として国境近くのボルチャンスクを狙うという見方もありますが、新たに出てきたのが、このクピャンスクをウクライナ軍が狙っているのではないかという分析です。

ウクライナの大統領府顧問がクピャンスクに言及して、「クピャンスクはロシア軍の交通の要所であり高度な指揮所であり、イジュームから前進するロシア軍の後部基地」、このように言及したことから、狙っているのではないかと推測が広がっています。確かに地図でみるとクピャンスクは、ベルゴロドとイジュームをつなぐ補給路上にあるだけでなく、もう1つのロシア国内の東部侵攻の拠点であるヴァルイキと、イジュームをつなぐ道の上でもあります。さらに東の道路は、セベロドネツクにもつながっている。

山添さん、ウクライナ軍の狙いがクピャンスクだとすると、ここを奪還すれば、東部の戦いに大きな影響を及ぼす場所にも見えますが、いかがですか?

山添

確かにそこをウクライナ軍が押えれば、ロシア軍にとっては、かなり色んな所の交通が絶たれるわけですから、狙いたいところとして、推測が立つところですね。ただ、先ほども申し上げましたように、クビャンスクを本当に集中して狙うのか、このボルチャンスクを集中して狙うのか。どちらも行くのか、というのは、ウクライナ軍次第で、予測のされにくいようなやり方を出来るだけ考えてやっているんではないかと思います。

上山

この先、セベロドネツクをロシア軍が制圧するか、あるいはウクライナ軍がロシア軍の補給路を断つのが先か、この競争になっているということなのでしょうか。

山添

そういう観点だと思いますね。

■過去の独裁者と類似 プーチン大統領の失敗

菅原

では次の戦いがこれからどうなっていくのか「独ソ戦」の著者である、大木さんと考えたいのが次のテーマです。「過去の独裁者と類似 プーチン大統領の失敗」。

今回のウクライナ侵攻では、山添さんもずっと指摘されていますが、ロシア軍には「軍事的な合理性」を欠いた動き、理解できない動きが数々、見られています。こちら「細かい作戦に口出し」。プーチン大統領のこのような行動が指摘されています。プーチン大統領が、通常なら700人程度のロシア軍を指揮する将校、大佐、准将などが決定するような、細かい戦術に関与しているといいます。どこをどう攻撃する、こうしたことにプーチン大統領が口出ししている可能性があるといいます。

プーチン大統領は、「私は砲兵として榴弾砲大隊の司令官として中尉の階級を受けた」と、自分は軍の司令官の経験がある、素人ではないと話しています。しかし、こうした行動にロシア国内からも疑問の声があがっていて、人気ブロガーは“渡河作戦”での失敗を引き合いに、「大隊戦術群を川のそばに置いた『天才軍人』の名前がわかるまで、そして彼がそのことについて公に答えるまでは、軍隊に改革はありえないだろう」と、暗にプーチン大統領を批判しています。大木さん、プーチン大統領自ら口を出すこれはどうご覧になっていますか?

大木

政治の指導者が軍事に対して色々口を出す注文をつけることはないわけじゃない。ただ、いくらマイクロマネジメントで細かい現場のことまで口を出すと言っても、大隊戦術群というのは、多くても1000人ぐらいの比較的小さな部隊で、その進退に対して、一国の指導者が口を出すのは、いわば超々マイクロマネジメントでありえないことですね。

歴史の前例で言うと、アドロフ・ヒトラーがやはり大戦の後半になると、非常に細かいことまで口を出して、この部隊はあっちへやれ、この部隊はこの山に置けとか言うようなことをやったと言われています。その頃のエピソードとして、ある軍司令官が、元帥なんですけど、軍隊の階級では一番上なんですけど、その元帥が言うには、「私の自由になるのは、司令部の衛兵だけだ」と。つまり、それ以外は、ヒトラーが全部、命令する通りにしなきゃならないから、方面軍司令官の元帥ともあろう人が、自分のところの司令部衛兵しか好きに動かせないというわけですね。そういったことを言ったというエピソードがありますが、プーチンがもしそれをやっているというのは、ちょっと考えにくい。というよりは、それこそヒトラーのような例外的なものに近いことになります。

もう一つ、この砲兵として榴弾砲大隊長として中尉の階級を受けたというのは、ナンセンスです。大軍の駆け引き、大軍の進退をするには、単に士官学校を出て、下級士官としての訓練を受けただけではダメなんです。そういった大規模団隊、軍や方面軍の指揮というのは、高級統帥と言いますけど、これは大体、その上の陸軍大学校といった高級幹部養成課程を経て学ぶんですね。ちなみに陸上自衛隊なんかでも、例えば幹部候補は、防衛大学を出たり一般大学を出たり、試験を受けて合格した下士官などが幹部候補生学校に行って、そこで下級指揮官としての色々な教育訓練は受けます。ただし、戦略論であるとか用兵思想、つまりそういった高級統帥に関わることを教わるのは、CGS、難しい試験に受かって入った指揮幕僚過程で初めて教わる。だから、そんな砲兵大隊長をやったことあるというぐらいでは、全く問題になりません。

菅原

この経験では、やはり侵攻全体を指揮するのはあり得ないというお考えですね。片山さん、細かい作戦に口を出してしまう心理とは、どう見ていらっしゃいますか。

片山

これは、独裁者でなくても、トップの性格にもよると思いますよね。一般的に例えば、自治体なんかの場合を見ますと、トップが長いことやっているようなケースに、トップが細かいことにまで指示を出すということは、よく見られますね。それは色んな理由があると思うんですけれど、一つは、やはり長いことやっていて自信過剰になるんですね。俺が一番良く知っていると思う、慢心ですよね。もう一つは、長いことやっていると、幹部がみんなイエスマンになるんですね。本来は指揮官、トップとして、組織の人事は、適材適所でやらなければいけない。ところが、口では適材適所と言うんですけれど、結局は自分の言うことをよく聞く人や従順な人ばかりで回りを固めてしまう。そんなことをしていると組織の実力は落ちますから、そうなると、色んなオペレーションをやる時に、部下のやることに不満が出てきて、やはり俺がやらなければという、そういう心理が働くのかなと、長年、自治体なんか見てて思いますよね。

(2022年5月22日放送)