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#106

熊谷6人殺害で死刑破棄 遺族が出演「司法にも心を殺されました」

熊谷6人連続殺人事件で、東京高裁は一審の死刑判決を破棄し、無期懲役を言い渡しました。その理由となったのは被告の「心神耗弱(しんしんこうじゃく)」。しかし、犯行時の被告の行動を検証すると「心神耗弱」では説明がつかない、数々の卑劣な行動がありました。2019年12月22日の『BS朝日 日曜スクープ』は、妻と2人の娘を殺害された、事件の遺族をスタジオに招き、高裁判決と、上告を見送った検察の判断に向き合いました。

 
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■「毎日、仏壇の前で謝っています」

山口

熊谷6人連続殺害事件で、今月(2019年12月)5日、東京高裁が死刑判決を破棄しました。驚いた方も多かったと思います。さらに、検察は19日木曜日、上告を見送りました。一体どういうことなのでしょうか?きょうは、この事件のご遺族、加藤さんに、スタジオにお越しいただきました。裁判員裁判での死刑判決を取り消した司法の論理に、私たちはしっかりと向き合って、皆さんと一緒に考えていきたいと思います。加藤さん、きょうはどうもありがとうございます。よろしくお願いします。

加藤

宜しくお願いします。

大木

加藤さんは、奥様の美和子(みわこ)さん、長女の美咲(みさき)さん、次女の春花(はるか)さんの命を奪われました。大変なときにお越しいただきました。

山口

そして、今回の事件で、ご遺族の加藤さんの代理人を務めている、高橋正人(たかはし・まさと)弁護士にも入ってもらいました。宜しくお願い致します。

高橋

宜しくお願い致します。

山口

そして、この事件を発生当時から取材している、元神奈川県警の刑事で、犯罪ジャーナリストの小川泰平(おがわ・たいへい)さんにも来ていただきました。宜しくお願い致します。

小川

お願いします。

山口

高裁の判決がどういうものであったのか、私たちは、しっかり確認していきたいので、裁判資料に出てくる表現を、一部そのまま使用いたします。あまりにも酷い事件でしたから、中には強い表現も含まれるのですが、そこを避けては、この裁判がどうだったのかを検証することができないと考えました。そこで、表現につきまして、ご遺族の加藤さんの了解もいただきまして、裁判資料の表現のまま、お伝えしたいと思っております。加藤さん、今月(2019年12月)5日、高裁の判決で、一審の死刑判決が破棄されました。その時は、法廷にいらっしゃいましたよね。どのように受け止められましたか?

加藤

最初は、『無期懲役』だということがなかなか理解できなくて、高橋先生(弁護士)のリアクションを見て、「あっ、もしかしたら今回、無期懲役になったのかな?」と思いまして、判決内容を聞いているうちに、だんだんだんだん「あー、やっぱり無期懲役なんだ」と思いました。その中で、なかなか判決内容が頭に入ってこなかったのですけれど、頭が真っ白な状態で、もう、その時は何も思いつきませんでした。

山口

そういう中で、私たちも「おそらく上告は行われるのだろう」と思っていたのですが、19日、検察は最高裁の上告を見送りました。加藤さんは、この事態を受けて、どのようなことを考えていらっしゃいますか?

加藤

そうですね。できることなら、もう一度裁判をやり直してもらいたい。やはり、明確な内容も伝えられていないので、もう一度、白紙の状態からやってもらいたいなと思っています。

大木

この番組への出演も決めてくださって、世間や国民に伝えたいことはどんなことでしょうか?

加藤

内容が残酷なものでして、それも伝えたいのですが、やはり、今回、判決に至って、ちゃんと明確に内容が説明されていない。「おかしいのではないか」と、私はずっと思っています。そういったことを、世の中の1人1人の方に考えてもらいたいと思い、今回、出演させていただきました。

大木

ありがとうございます。今回の死刑判決破棄、そして、検察の上告見送りについて、ご家族にはどのように報告されましたか?

加藤

やっと3日ぐらい経ったのですが、当日は報告できなくて、「パパ頑張ったんだけど、死刑判決までできなくて、ほんとごめんな」と。毎日仏壇の前で謝っている感じです。

■最高裁への上告見送り『検察の不戦敗』

山口

本当に無念の思いだと思います。それでは、この事件をしっかり考えていく上で、どのような事件だったのか、経緯を確認していきます。

大木

今から4年前、2015年9月14日から16日の3日間に渡り事件は起きました。最初は14日午後、被告は田崎稔(たさき・みのる)さんと美佐枝(みさえ)さんを殺害。翌日15日は、白石和代(しらいし・かずよ)さんを殺害しています。そして16日、被告は、加藤美和子さんと長女の美咲さん、次女の春花さんの3人を殺害。身柄を確保されました。高裁判決が、心神耗弱を理由に、一審の死刑判決を破棄して、無期懲役を言い渡しました。弁護側は、最高裁に上告しましたが、検察は上告を見送り、死刑破棄を容認する形になりました。最高裁では、無期懲役か無罪かを争うことになります。高橋さんは、検察が上告を見送ったこと、どのように受け止めていらっしゃいますか?

高橋

検察庁は上告を断念したと言っていますが、そんな綺麗事じゃありません。これは、上告権を放棄したに等しいです。戦わずして負けた、『検察庁の不戦敗』です。

山口

最高裁の上告見送りについて、東京高検の久木元伸(くきもと・しん)次席検事は、「事案の重要性やご遺族の心情などを踏まえて、判決内容を慎重に検討したが、適法な上告理由が見いだせず、遺憾だが、上告を断念せざるを得ない」と話しているのですが、この内容について、高橋さんは、どう受け止めていらっしゃいますか?

高橋

この「適法な上告理由が見いだせない」というのは、単に形式的な説明にすぎないのです。『適法な上告理由』がなければ、確かに最高裁へもっていくことはできません。問題は、最高裁で実質的に審議してもらうために、『適法な上告理由』という間口をできるだけ広く解釈して、今まで高検は戦ってきたのです。ところが、戦う土俵を自分から放棄してしまって、狭く解釈してしまった。負け犬根性が私には窺えました。

山口

加藤さんは、19日、検察に行って、実際に上告見送りの理由を聞かれたんですよね?

加藤

最初、(担当検察官から)上告できないと聞いて、「えっ、何で?」と思ったんです。そのあと、法律の何条とかに値しないので、上告できないと言ったんですけど、なかなか内容を説明してもらえず、その後、上の人を呼んでもらって説明を受けたわけですけど、到底・・・。まだ戦う理由があるんじゃないかと、私はずっと思っていたんですよね。「まだ上告できる理由はあるんじゃないか」と何度も担当検察官に言ったんですけど、「できない」の一点張りで、明確な内容は示されていません。

■法廷での被告の姿「妄想では・・・」

大木

小川さんは、この『妄想による犯行の可能性もある』ということで、死刑を破棄した司法の判断、どのように受け止めてらっしゃいますか?

小川

高裁の判決も全く納得できませんし、高検が上告を放棄した、見送ったというのも信じられない状況です。実際に、妄想に駆られた人間の行動とは思えないような動きがあります。かつ、事件直後、警察の取り調べを受けているわけですね。殺人事件ですから、可視化で(取り調べの)ビデオを撮られているのです。それを見てもらえば分かるはずなのですが、事件については、黙秘をしたり、否認をしたりしています。しかし、担当刑事、取調官との雑談には応じていると、私は聞いています。そういうことを考えても、ちょっと納得できない。また、(被害者である加藤さんの)娘さんの話になると、本人(ナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタン被告)は頭を抱え、その話をするなといった態度を見せたり、明らかに、普通の容疑者(当時)がやるようなことをやっていたのです。それは、『妄想だから』と、「裁判に来て、いきなり言われても」と、私は思っています。

大木

現場の状況については、この後、詳しく確認していこうと思っているのですが、小川さんは、一審の法廷で被告を傍聴していた際にも、被告の様子で気になる点があったということなんですが。

小川

そうですね。去年の初公判から一審判決まで、ずっと傍聴していました。被告が、実際に発言を求められて発言するのではなく、不規則発言が多々あったんですけども、その中で、「自分が6人殺したって言えば、6人が生き返るのか?」とか、「ああ、オレ、殺したよ」というふうに、独り言のように話しているんですね。何か、いつも不規則発言があり、ブツブツ言っているので、私は、法廷にスペイン語の通訳を連れていったことがあります。「何を言っているのか、一緒に聞いてくれ」と。実際の公判の通訳は、余計な話だから通訳しないんです。また、証拠調べの中で、核心に触れる部分があるんです。そうすると、同時通訳のヘッドホンをつけているのですが、そのヘッドホンを外すんですね。これは、わけの分からないものがやる行為、行動ではないです。

山口

どうでしょう、川村さん。ここまでお話を聞いて、どのようにお考えですか。

川村

私は裁判を傍聴していたわけでもありませんし、裁判資料も読み込んではいないのですけど、高裁判決の理由である『心神耗弱』ということについて、どこまで正当性っていうか、根拠があるのか。裁判所が認定した根拠が、本当に裁判の中で明らかになっているのかどうか。検察側も弁護側も含めて、きちんと鑑定を行った結果、裁判所が判断されたのか、高橋先生にお聞きしたいのですけれど。

高橋

それは、後で出てきますけども、2つの重要な事実について、高裁はあえて判断をしていない。無視している。その点について加藤さんと、高検の方に「高検としてこの点はどう考えているのか」と聞いたが、高検からも一切その点については、明確な答えが出てこない。この重要な事実を全く無視してしまっていることが、私は一番大きな問題だと思っています。

山口

その重要な2点について、裁判所も検察も判断を示していないところが、本当に大事なところだと思います。そこをこの後、詳しく見ていこうと思います。

■「自分の行動を制御」「弱者を狙った犯行」

山口

今回の裁判は『責任能力』が争点になりました。改めて、『責任能力』とは『善悪を見分け、それに従って行動を制御する能力』なんです。責任能力を欠く状態だとすれば、それは心神喪失となり、無罪となるわけです。一方で、責任能力が著しい低下にあると判断されれば、心神耗弱となり、刑が軽減される。それが、まさに、今回の高裁判決でした。死刑から無期懲役に変わったポイントになるわけです。それでは、被告の犯行前後の行動を確認していきます。

大木

事件が起きる2日前の2015年9月12日、被告は、職場関係者や、その依頼を受けた者から危害を加えられるという被害妄想を抱き、職場の寮を逃げ出します。翌日の13日、被告は熊谷警察署に任意同行され、事情聴取を受けるのですが、警察官が追跡者とつながっていると妄想し、財布や携帯電話などの所持品を残したまま、熊谷警察署から逃走しました。そして、14日の午後、被告は、田崎稔さんと美佐枝さんを殺害し、財布から9000円を盗みました。午後5時51分頃、被告は、田崎さんの車で逃走、270m先で車を乗り捨てています。15日未明、近くのコンビニの防犯カメラが、被告の姿を映していましたが、血が付いたとみられる上着を着替えていました。15日午後、白石和代さんを殺害。凶器は田崎さん方から持ち出した包丁でした。被告は、和代さんの遺体を浴室に移動させ、浴槽に隠し、床の血痕をふき取っています。翌日、被告は加藤さんの自宅で犯行に及ぶのですが、高橋さん、ここまでの段階でも、被告の行動は善悪を見分けて行動の制御ができているように見えますが、いかがでしょうか?

高橋

確かに、この点でも十分に自分の行動を制御しています。というのは、まず心神耗弱とか、喪失、それに当たるかどうかについては、動機の了解可能性とか、一貫性、あとは、自分のやったことに対して、罪証隠滅しようと、隠そうとするといったことが一つの指標になるんです。これはもう、殺害したにもかかわらず、クローゼットに(遺体を)隠しているわけなんですね。危害を加えられるかもしれないというのが、バイロン被告の妄想だったわけです。危害を加えられそうになったら、今まで逃げていたんです。警察から逃げていたんです。殺してしまえば、逃げればいいだけのことなんです。ところが、クローゼットにご遺体を隠すということは妄想とは関係のない行動なのです。

山口

小川さん、ここまでの被告の行動を見ていかがでしょうか?

小川

まず、被害者を見て頂ければわかると思います。女性、高齢者、子供。いわゆる被害弱者ばかりを狙っている。ご遺体を隠したり、血痕を拭き取ったり、車を盗んだり。妄想に駆られた人間がやれることではないです。

■“妄想では説明できない”卑劣な行為

山口

引き続き被告の行動を確認しいく上で、ここから先、非常に強い表現が出てきます。ただ、それは裁判資料に載っているもので、私達は、今回の裁判がどういうものだったのか検証する上で、避けては通れないと確認しています。加藤さんにも同意いただいております。では、このあとの被告の行動を確認してまいります。

大木

2015年9月16日午後、被告は、加藤美和子さんを殺害しました。その後、美和子さんの遺体を1階のクローゼットに運び、毛布をかぶせ、折戸を閉めて隠します。そして、学校から帰った美咲さん、春花さんを2階で殺害。2階のウォークインクローゼットに、2人の遺体を移動。敷きパットを被せて隠します。凶器は、田崎さん方から持ち出した包丁と、白石さん方から持ち出した包丁の2本でした。午後5時27分頃、警察が、加藤さんの自宅にいる被告を発見。被告が、2階の小窓から落下したところで拘束しました。そして高裁判決で言及していないのがこちらです。美咲さんの殺害前、美咲さんの両腕をひものようなもので縛り、口には粘着テープ。殺害前後のいずれかにおいて、美咲さん着用の短パンと下着を脱がし、下着に精液を付着させました。そして代わりの短パンや七分丈ズボンを着用させたということです。

山口

ここの部分が、結局、二審判決で触れていないというのが、非常に大きなポイントだと思います。ですから、判決内容、被告の卑劣な行為というのを検証するにあたり、加藤さんにご了解いただきまして、紹介させていただきました。加藤さん、大変なところ、本当にすいません。ありがとうございます。

加藤

とんでもないです。

山口

美咲さんに対する卑劣な行為について、加藤さんは、どの時点でお知りになったのでしょうか?

加藤

事件が起きてから1カ月ぐらい経った時に、検察の方からお聞きしました。

大木

その時はどんなことをお考えなりましたか?

加藤

そうですね。美咲は、本当に怖い思いをしたのかな、どれだけ辛い思いをしたのかなと思いまして。もう、その時は被告人を殺してやりたい。それしか考えられませんでした。

大木

わずか10歳の美咲ちゃんへの本当におぞましい行為だと思います。

山口

加藤さん、このポイントが、高裁の判決で触れられていないですよね。そこはどのように思われますか?

加藤

到底、納得できないですよね。やっぱりきちんと説明してもらいたいと思います。

山口

つまり、そこが心神耗弱かどうか、問われるところだと思うんですね。

加藤

はい。

山口

心神耗弱であるとすれば、こうした卑劣な行為をどのように説明するのか、そこが納得できるかどうかが、判決の大きなポイントだと思うんですね。いかがでしょうか?

加藤

仮にですよ。心神耗弱だったら、クローゼットに遺体を隠すとか、血痕を拭き取ったりとかできるんでしょうか?ましてその時、警察の方が来て、私の自宅に呼びかけをした時、被告人は応答をしなかったわけです。その後、警察の方がもう一度玄関のドアに行ったら、鍵がかかっていたと。そういったことも踏まえて、本当に心神耗弱だったのかどうなのか、問われると思います。

■“卑劣な行為”に高裁判決は言及せず検察も

山口

そういう点で、もう一つしっかり確認しておきたいところがあります。一審判決では、この被告の卑劣な行為について、「既に重大犯罪を重ねた被告が、いわば開き直り、欲望を満たすために、大胆な行為に及んだものと理解できる」と。一審の死刑判決では、このように言及していました。高裁判決では心神耗弱だということで無期懲役になりましたが、この卑劣な行為についての言及がなかったということなんです。高橋さん。高裁がなぜこれについて言及しなかったのか、どのように考えれば良いのでしょうか?

高橋

一つまとめさせてください。高裁が説明しないで、高検も説明できなかったこと。つまり、この被告の被害妄想というのは、職場関係者、または、それから意を受けたものから、危害をうけるかもしれない。そのために、熊谷警察署から逃走する前に、電車の中で、子供連れの家族を見て不穏な状況を感じて、警察に通報しようとしたことがあった。そして、警察に連行されて、今度は、警察官が危害を加えると勘違い、間違った意味付けをして逃走した。これが、彼の妄想なわけなんです。高裁は、さらに、美咲さんの場合はどうなのか、小学生じゃないかと。これは、美咲さんが襲ってくるかもしれないと誤った意味づけをしたのかもしれない。百歩譲って、そこまで誤って意味づけをしたとしましょう。問題は、そのあとです。粘着テープで両腕を縛って、そして、紐のようなもので縛っているわけです。もうその段階で、危害は加えられないことになるんですから、そこで逃走すればいいんです。にもかかわらず、ここで強制猥褻をしているわけなんです。これは妄想では全く説明ができない。この説明ができないことについて、裁判所は、高裁は、頬被りをしている。何も説明をしていない。高検にこの点について問いただしても、曖昧な答えしか返ってこない。ここが一番の問題だと、私は思っております。

山口

それ一つとっても、検察が上告する理由になるんじゃないかと思うのですが、そこはいかがですか?

高橋

十分になります。確かに、上告の窓口は狭いんですが、それは広く解釈して、今までは土俵に乗っけてもらったんです。土俵に乗っけると色んなことを審理できるんです。重大な事実誤認、量刑不当とか、そういったもので、実は最高裁は審理してくれるんです。ところが、高裁は、この強制猥褻について十分な意味付けをしていないのですから、上告していればこの点が審理の対象となり、事実誤認で破棄された可能がありました。

大木

小川さんは、この被告の卑劣な行為、元刑事という立場から、どのようにお感じになりますか?

小川

常識で考えて頂ければ分かると思いますが、被害者の下着に精液がついていた。精液っていうのは、そんな簡単に出るものではないんです。言葉は悪いですけれども、やはり本人の意志なんです。そういったことを考えると、当然、妄想に駆られた人間がやることではない。しかも、下着を脱がして、別のものに着替えさせている。ですから、明らかな証拠隠滅を図っているんです。そこをやはり分かってもらいたい。裁判官は、何を考えていたのかなと思ってならないです。

■“妄想では説明できない”冷酷な手口

山口

そしてもう一点、重要なポイントがありました。高橋さんは、被告が、美咲さん、春花さんを殺害した手口にも注目していますよね。どのようなところなのでしょうか?

高橋

頸動脈を切っているんですが、頸動脈というのは、右と左2つあります。右内頚動脈と左内頸動脈です。これは、首全体を覆っているものではなくて、首のほんの一部分にしかないんです。ですから、実は、そこを狙って切るということは、なかなか難しいんです。ところが、今回の手口は、確実にこれを切れる特殊な方法をとっているのです。これが、まさに妄想だけではとても説明ができない、もう一つのポイントです。

大木

小川さんもこの冷酷な手口。妄想では説明がつかないのではないかとお感じになりますか?

小川

そうですね。私も警察時代に国際捜査課というところにいまして、ペルー人、コロンビア人を担当したことがあります。このペルー、コロンビアというのは、軍の経験者じゃなくても、経験のある者からいろいろ知識を得ます。実は、今回、被告がどういう方法をとったのか、話を聞いて知っているのですが、本当にプロじゃなければやれないような方法をとって殺害しています。とても素人が簡単にやれる方法ではないんです。それを見ても、被告本人は、やはりしっかりした考えを持って行動している。一撃で、というふうに、思っているんだと思います。

山口

ここまで皆さんのお話を伺って、川村さん、いかがでしょうか?

川村

裁判所の判断と、検察が上告しないというその説明が、やはり素人にはわかりにくい。なぜそれが説明できないのか、そこのところをはっきりさせて欲しいということと、一審では、完全責任能力があると、『責任能力あり』と断定したわけですね。裁判員裁判でもあったわけで、一審の裁判員裁判に対する信頼性、信用性というものが、二審において破棄される。それは、一審の判断がおかしかったのか。裁判員裁判というものが、ある意味、ずさんだったということになるのか。それついて、高橋さんは、どのようにお考えでしょうか?

高橋

実はですね。被告に対する被告人質問は、第一審と第二審、両方でやっているのです。第一審では、犯行についての責任能力についての質問は、裁判員、裁判官、検察官、弁護側、あるいは、我々の方からたくさん質問しました。その上で、結論を出しているんです。ところが、第二審の被告人質問は、どこに集中したのかというと、被告が、この裁判を理解しているかどうか。いわゆる『訴訟能力』と言います。『責任能力』とは違います。裁判を継続する能力があるかどうか、そこだけに質問が集中したんです。私が、責任能力に関する質問をしたら、裁判長からこう言われました。「やめてください。『責任能力』は争点ではありません。『訴訟能力』です」と、そう言われて、制限されました。にもかかわらず、責任能力を理由に第一審が破棄されましたから、不意打ちみたいな裁判です。このように、高裁では、責任能力に関して十分な審議を尽くしていないんです。第一審では、9人の裁判員が、ちゃんと本人を見て、たくさんの質問をして判断しているにもかかわらず、高裁は、たった3人の裁判官が、書面を見ただけで判断する。これでは裁判員裁判の意味は全くないですね。

山口

裁判員制度が始まってもう10年です。市民が持つ日常感覚や常識を裁判に反映させ、司法に対する理解と信頼の向上のために始めた制度のはずですが、それが「じゃあ、意味があったのか?」という結論になってしまうとすれば、社会で考えなくてはいけない段階に入っているのではないかと思います。

■「被告人にも心を殺され、さらに今回」

山口

熊谷6人殺害事件、一審の死刑判決を取り消した高裁の判決ですが、先ほどからお伝えしている、2つの重要なポイントについて、この二審の判決では言及がなかった。司法は、説明を尽くしているのか?という疑問を私たちは感じてしまいます。ご遺族の加藤さんは、『父親の責任』として、これまで法廷に向き合ってきたとお話をされています。これはどういうことなのか、改めてお話いただけますか?

加藤

被告人にも心を殺され、さらに今回、司法にも心を殺されました。自分の身も心もどうでもいいと思い、今までやってきましたが、(被告を)死刑にすることしか、父親として、家族3人のために、それしかできなかったので、本当に今回は悔しいです。

大木

一緒に家庭を築いてこられた奥様、美和子さんへの思いも込めてということもあるのでしょうか?

加藤

そうですね。妻は、本当に正義感が強い人だったので、もし仮に、妻が私の立場だったら、必ず死刑を求めていたと思っています。

山口

小川さん、外国人犯罪の捜査も数多く手掛けてきたと伺っています。被告がこのまま無期懲役になるとすると、実態は『無期』ではないので、仮釈放の可能性もあると思うのですが?

小川

現在、日本全国に、死刑囚は112名、無期懲役のものが1800人近くいるんです。実際に、1年間で7名前後、10名までいかないのですが、仮釈放になっています。最近は、有期懲役が長くなったので、厳しくなったのですが、それでも平均31年で仮釈放になっています。外国人の例があまり多くないので、統計的には出てないんですけれど、外国人というのは、無期懲役に限らず、有期懲役でも意外と早く仮釈放になるんです。というのは、仮釈放=即日強制送還なんです。国に返してしまう。再入国は許さないということで、返すことが多いんです。そういうことを考えると、あとは刑務所でどれだけ真面目にやるかなんですが、何人殺した無期懲役とか、中には、殺人ではない無期懲役の人もいるんです。それ(罪状)は関係ないんです。いかに刑務所で真面目にやるかによって、仮釈放は決まってきます。もし仮に被告がそういうふうになっていけば、30年以内で出てくる可能性は十分にあると思います。

山口

死刑をめぐる判決について、最近いろんなニュースがありますよね。私、一番気になったのは、先日の新幹線の通り魔事件、検察の求刑も無期だったわけですが、裁判長に無期懲役を言い渡されたときに、被告(小島一朗被告)は万歳をしましたよね。被告は、刑務所に入るのが夢だったと語っていて、仮に有期刑になれば、出所して人を殺すとまで言っていたわけです。死刑におびえているとまで話していました。で、あの判決で万歳になった。世の中の流れを見ると、確かに日本は死刑制度を維持していて、例えば、先進国の間から、批判が出ているのも事実です。そういう中で、死刑回避の方向に向かっているとの見方も出てくると思うのですが、高橋さんは、どのようにご覧になりますか?

高橋

結局、職業的な裁判官が、自分たちで作ったいわゆる永山基準(死刑を適用する際の判断基準)から逸脱させたくないという意図が、強く感じられますね。でも、永山基準もよく読んでみますと、いろんな要素を9つ並べているだけで、一番のポイントは、そのあとにあったんです。なんて書いてあるかといったら、『犯罪予防の観点から、やむを得ない場合には死刑の選択も許される』、再犯の防止なんです。今回の新幹線の事件の場合、被告は「私は出てきたら人を殺す」と言っている。つまり、これは再犯の可能性が極めて高いわけなんです。またもう一つ、死刑を回避する理由としてよく使うのは、更生の可能性があるということ考える。彼はもう更生しないと自分で言っているわけです。このことから考えたら、本当は検察官が死刑を求刑しなきゃおかしかったんじゃないかと。私は、そのくらい思うんです。にもかかわらず、そういうこともしない。裁判所も死刑に踏み切らないとなると、かなり死刑回避の方向へ意図的に向かっているとしか思えません。

山口

小川さんにも伺いたいのですが、私も昔事件取材をずっとやっていまして、20年ぐらい前に、被害者をもっと支援しなければいけないのではないかということで、被害者を支援する会ができて、法律が制定されて行きましたよね。その中で、被害者参加制度というのもありましたよね。こうゆう被害者、犯罪被害者ですとか、ご遺族の方ですとか、小川さんもそういう方に寄り添っていらしたと思うのですが、今、どのようなことを感じていらっしゃいますか?

小川

やはり、容疑者には国選弁護人というものが付きます。また、こういった大きい事件だと、自ら手を挙げてくれる弁護士さんもいらっしゃいます。ただ、被害者、被害者遺族には、弁護士はいないのです。当然、一般の方がほとんどですから、法に対して詳しくはないですよね。さらに、自分で費用を支払わなければいけない。資料が欲しい、コピーするだけでもお金が必要なのです。そういったことを考えると、被害者、被害者遺族に対する支援というのは、もっともっと拡げてもらいたいなと思います。

山口

根底にあるのは、本当に被害者の方に寄りそうというのが、社会として一番だと思うんですね。

■「裁判官に覚悟はあったのか」

山口

熊谷6人殺害事件のご遺族、加藤さんは、当時の警察の対応を問題視してきました。埼玉県警が、最初の殺人事件、田崎さん夫婦殺害で、被告を参考人として全国手配したにもかかわらず、周辺住民への情報提供を怠ったと訴えて、裁判を起こしています。そして、今回は、被告への死刑破棄。検察の上告見送りという事態になりました。加藤さん、今、司法に問いたいこと、どのようなことでしょうか?

加藤

私は今でも、今回、誤認だと思っています。本当にこの判決を出すにあたって、裁判官に覚悟はあったのか、問いたいと思います。そして今後、妄想を装った人や、6人殺しても死刑にならないからという理由で、犯行に及んだ人が出てきたときに、裁判所は、被害者遺族に対して責任を取れるのか。本当に私はそう思っています。今回、本当に裁判官の名前を忘れることはありません。

山口

小川さん、今、司法に問いたいこととは?

小川

裁判所、検察にもですが、やはり、正義というものがなきゃいけないと思うんです。もちろん今回、無期懲役という判断をしたなら、判断した明確な理由を、当然、被害者遺族にも、傍聴人にも、国民にもわかるように説明する必要があるんです。それが、私が見ている限りだと、結果ありきできているのかなという気がしてなりません。

山口

そこですよね。説明責任ですよね。やっぱり。高橋さんいかがですか?

高橋

そもそも日本が三審制になっているのは、第一審、第二審、それぞれ、ひょっとしたら誤った判断をするかもしれない。だから三審制にしているわけです。それを可能にしているのは、被告人の弁護人と、検察官なのです。その人たちが控訴(第一審から第二審)なり、上告(第二審から第三審)して、チェック機能を働かせてきたわけなのです。今回、そのチェック機能を弁護側は上告しました。果たしました。しかし、検察官はそれを放棄してしまった。これはもう司法の自殺だと思っております。

川村

日本の司法制度の中で、公正な裁判が本当に行われているのかどうか。今、非常に多くの国民が、疑問に思っているのではないかと。「責任能力を問う質問を許さない」ということが、果たして公正な裁判なのか、質問を許さない裁判ってのが、あるのかなと。

山口

加藤さん、高橋さん、小川さん、今日はどうもありがとうございました。

(2019年12月22日放送)

 
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