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#108

緊迫イラン情勢“報復”弾道ミサイル 戦争回避でも残る“危機”

アメリカとイラン、全面戦争は回避したものの、司令官殺害による「反米感情」が中東に広がっています。2020年1月12日の『BS朝日 日曜スクープ』は、中東で拡大する、シーア派の勢力。トランプ大統領が火をつけた「報復の炎」の行方を議論しました。

■イランが航空機“誤射”を認めた理由

山口

一触即発の状態から、やや落ち着いたようにも見えるイラン情勢です。しかし、ソレイマニ司令官殺害によって燃え上がった反米感情は、簡単には消えません。予想外の広がりを見せていると言えます。そして、中東歴訪に出発した安倍総理ですが、一歩間違えると反米感情に巻き込まれる恐れも考えられます。イランから中東に拡大した危機を、きょうはひも解いていきます。では、ゲストの方々をご紹介します。共同通信特別編集委員で元テヘラン支局長の杉田弘穀(すぎたひろき)さんです。よろしくお願いします。

杉田

よろしくお願い致します。

山口

アメリカ政治がご専門で、共和党で10年間予算編成を担っていました、早稲田大学教授の中林美恵子(なかばやしみえこ)さんです。よろしくお願いします。

中林

よろしくお願い致します。

山口

まずは、ウクライナ旅客機の墜落から見てまいります。そもそもは弾道ミサイルの攻撃から5時間後、8日早朝午前6時12分ごろ、テヘラン発、ウクライナ・キエフ行きの旅客機が墜落しました。亡くなった方は、乗客乗員176人。一番多かったのはイラン人で82人、そしてカナダ人57人、ウクライナ人が11人などです。こうした中、昨日突然、イランが、人為的なミスでウクライナ機を撃墜したと認めたのです。その理由は、イラクにある米軍拠点を攻撃した直後であり、アメリカ側が反撃を警告していたため、最高レベルの警戒態勢を取っていたと釈明をしたのです。実はこの前日まで、皆さんご存知のように、発生直後イランは、「機体は飛行中に爆発しておらず、ミサイルで撃ち落とされたという説は排除できる」と、関与を否定していました。しかし57人の方が亡くなった、カナダのトルドー首相は、「イランの地対空ミサイルに航空機が撃ち落された証拠が示された」と追及しました。さらに、トランプ大統領は、「機体の問題だという見方もあるが、個人的にあり得ないと思う」と、発言していたのです。こうした状況の中、昨日イラン側は、急遽人為的なミスで撃墜したことを認めたわけですが、それでもロウハニ大統領は、「アメリカの冒険主義によって引き起こされた人的ミスなのだ」と、責任はアメリカにあるとTwitterで発言しています。杉田さん、イランが主張を一転させ、誤射を認めました。これはどう捉えますか?

杉田

現場で、あまりにもたくさん証拠が出てきたということが、最大の理由だと思います。イランが撃ったミサイルは、SAー15というロシア製のミサイルですがこれは物体に当たると弾頭が破裂し、中からいろんな物が飛び出て、破壊力が大きいわけですが、機体の瓦礫や破片を見ると、そういった鉄くずみたいなのが当たった…、

山口

よく見たら、これへこんでいるようなものが、いっぱいありますね。

杉田

そういう跡がたくさんあって、またミサイルの部品も現場から見つかった。要するに、当初イランが言っていたような機体の爆発、つまり、機体自体のトラブルではないだろうということが、明らかになってしまいますので、こういう写真、映像が出回った段階で、イランとしては、もはや虚偽の説明はできないということだと思うのです。同時にイランは、国際社会からの孤立は絶対、避けたいことなので、隠蔽を続けていると、中国やロシア、あるいは日本も、ヨーロッパの国々も、イランに対して厳しい姿勢を取ってしまうと。この辺は、総合的に判断して、ギリギリの段階で認めたのだと思いますね。

山口

中林さん、今回トランプ大統領にしては、控えめな発言に思えるのですが、どう捉えますか?

中林

トランプ大統領が、ソレイマニ司令官を殺害した後、イランからアメリカの軍事施設に向かって攻撃があったわけですけれども、その時点でこのような旅客機の誤射が、何時間か後に起こるなんてもちろん計算もしていないし、予測もしてなかったですよね。にもかかわらず、起こった後で、ホワイトハウスやアメリカの情報によれば、これはどうもイランが実際に間違って撃ってしまったと。この事件自体が、トランプ大統領にとっては、ある意味、驚きだったはずです。つまり、計算に入れてなかったことです。タイミングがあまりにも同時期ですね、ボーイング737MAXはあちこちで落ちたりしていたから、もしかしたら、ひょっとしてまたボーイングがという気持ちも、一般の人にはあったと思うのです。そして、イランも機体の故障であると言っていましたから。ただ、杉田さんおっしゃるように、本当にもう証拠を隠せなくなったのでしょうね。ブラックボックスも、他国に見せるとまで言っていましたから。こういう展開になって、言ってみれば、トランプ大統領にとっては、非常に予期せぬイランのオウンゴール的な、そんな展開だったのではないでしょうか。

桝田

気になるのが川村さん、これまで証拠を示されても、イランは主張を変えないことも多かったですよね?今回、認めたのはなぜなのでしょうか?

川村

本格的にアメリカとの武力衝突を避けたいことが根底にありますから、遅かれ早かれ、各国の事故調査委員会が入ってきて、ブラックボックスをきちんと精査すれば、これはおかしいとわかるわけです。私自身も取材しましたが、1988年、アメリカが巡航ミサイルでイランの民間機イランエアを、ホルムズ海峡上空で全く同じような形で誤射をして、200人以上のイラン人が殺害された時、最初、アメリカは認めなかったんです。しかし、その後認めざるを得ない状況になった。今回はハメネイ師が決断して、これは早く認めた方が、今後のアメリカとの対立を深めることを避けられるという意図があったのだろうと思いました。

■革命防衛隊に非難 イランから最新報告

山口

イランのテヘランと中継が繋がっています。朝日新聞テヘラン支局長の杉崎慎弥(すぎざき・しんや)さんです。杉崎さんよろしくお願いします。

杉崎

はい、よろしくお願いします。

山口

イランが昨日(2020年1月11日)になって急きょ、自分たちが間違って撃ってしまったのだと認めましたね。そちらではどのように伝えられているのでしょうか?

杉崎

はい。こちらは、きょうの新聞、ほぼ全てがこの話を一面トップで報じています。このように、こちらの新聞は一面で、恥であると。各紙、イランの恥だということで、誤射、間違って撃ったことを報じています。非常に珍しいことですが、政府の対応、革命防衛隊に対し、非常に批判的な論調で報じています。

山口

そうですか。イランで、指導部に対するデモが、かなり激しくなっていると聞いているのですが、その動きはいかがですか?

杉崎

はい。昨夜から、テヘラン市内の大学校内、もしくは外で、大学生を中心とする大きな反政府デモ、大体、数百から1000人規模といわれていますが、起きています。その中でイランメディアは、体制を気にして、歯に物が挟まったような形で、幹部への批判という言い方に留めていますが、実際、ネット上で出ている情報ですと、最高指導者ハメネイ師に対する批判、「やめてしまえ」ですとか、「革命防衛隊は恥である」と「国から出て行け」というような発言も出ているというふうにされています。

山口

杉崎さん、亡くなった方は結局、イランの方が一番多かったわけですよね。そこにも蓋をしようとしていたことへの不満が、今、爆発しているという捉え方でいいのでしょうか?

杉崎

そうですね。やはりイラン国民、イラン人という形では89名でしたが、イランパスポートを持っているイランゆかりの方は、146人と言われています。そうしますと、乗客犠牲者の9割近くにあたりますので、イラン国民としては、こうなって来ると事故ではなく、自分たちの仲間を殺したのは、自分たちの軍組織である、革命防衛隊であったということで、非常にそちらに怒りが向いているという状況です。

山口

杉崎さん、今、イラン政府は全面戦争を避けるような姿勢を見せていますよね。その点について、国民はどう捉えているとご覧になっていますか?

杉崎

はい。国民の皆さんはやはり、イランとアメリカですとか、欧米などとは大きな戦力差がありますので、そこは絶対に戦争になってほしくないと。ただ、イランの国のプライドというものをあまりに重視しすぎて、戦争をする、戦争をしないだとか、国民の生活が苦しくなっても、そういった挑発行為を続けるというのは、一体どういうことなんだということで。今回の反政府デモも、事故の被害者に対する怒り、被害があったことに対する怒りだけでなく、そういった生活が苦しいのに政府指導部があまり見ていないと、市民のこと見ていないという部分も、デモの原因になっているかと思います。

■ソレイマニ司令官殺害 現地の怒りは

山口

杉崎さん、そしてもう一つ、そもそものソレイマニ司令官が殺害された怒りがものすごくあるのかと思われるのですが、実際に現地にいるといかがでしょうか?

杉崎

そうですね、ソレイマニ司令官がいた革命防衛隊というのは、実はイラン国内では、非常に厳しい機関なので、人気があるわけではないのですが、ソレイマニ司令官だけは、やはり別格であると。普段、宗教行事とかに参加しないような方も、ソレイマニ司令官だけは別だということで、葬儀に参加していました。ですので、普通の反米で保守強硬派と呼ばれる人達だけでなく、かなりの部分で国民全体に人気が浸透している人物でしたので、皆さん、アメリカはそれこそ関係なく、『ソレイマニ司令官が外国の軍隊に殺された』という事実で、非常に憤っていらしたという方が多かったですね。

山口

そうですか、わかりました。杉崎さん、どうも忙しい中ありがとうございました。

杉崎

ありがとうございました。

山口

やはり現地の国民の方の思いも、かなり複雑という感じがしてきますが、川村さんいかがですか?

川村

まさに複雑だと思います。というのは、ソレイマニ氏は、いわば、ハメネイ師の直轄の革命防衛隊の司令官として、サウジアラビアが、イラクに対してイランとの仲介をお願いしたいということを言っていて、イラク側もそれをイラン側に伝えて、イラクと話し合うためにソレイマニ司令官がバグダッドに入って、これからイラク側と話をするという時に、どこかから情報が漏れていたのか、アメリカによって殺害された経緯もあるものですから、イランにとっては、英雄であるソレイマニ司令官の殺害に対しては、怒りが湧いていた。アメリカに対して非常に怒っていたところに、今度は自分たちの国の人的ミスによって、イランパスポートを持っていた146人が殺され、非常に複雑な思いで、見方によっては、アメリカのトランプ大統領がにんまりしているというような部分もあるわけですね。イランとアメリカの歴史というのは、かつてパーレビー国王(モハンマド・レザー・パフラヴィー/パフラヴィー朝イランの第2代にして最後の皇帝)のとき、テヘランに行けば、全世界中のビールがあると言われていた最大の親米国家でした。モサデク政権という民主的な選挙によって選ばれた政権を、今はアメリカも認めていますが、はっきり言うと、アメリカのCIAが介入してクーデターを起こし、パーレビー王朝を立ち上げたのです。今、そういう状況がまた逆に言うと起こるチャンスかもしれない。したがって、今回デモの時に、イギリスのテヘラン駐在大使が一時拘束された。このチャンスにアメリカとしては、一気にイランの政権を、新しい政権に変える機会を狙っているとも言えるのです。

山口

トランプ大統領もTwitterで、アラビア語でわざわざ支援するようなコメントをしています。反政府デモが激しくなる今、杉田さんはどう捉えてらっしゃいますか?

杉田

ソレイマニ司令官の殺害が起きる前というのは、一般的にイランの人々、特に若い人々は、今の指導部体制、それを支える実行装置として、暴力的に動いている革命防衛隊の存在に対し、かなり反発を強めていたと思います。そのため、イラン国内ではガソリン価格の上昇への不満など、いろんなデモが起きていました。アメリカに対する、もともとイラン人が持っている憧れもありますので。今のイランの指導部の対米政策であれば、イラン人の生活は一向に改善されないという不満がある。そこで、何か交渉、対話を進めてもいいのではないかという考えも生まれていた。それを妨害しているのが、ハメネイ師であり、革命防衛隊であるという図式を頭の中で描いていたと思うのです。今回ウクライナの飛行機で、イラン人の方がたくさん亡くなられて、これに対するデモというのは、ある意味、ソレイマニ司令官の殺害でイラン国内が反米で団結したんだけれども、もう1回、前の段階に戻して、やっぱり本当に悪いのは我々の政権指導部、革命防衛隊ではないか、というところに戻す効果があるような気がします。だからこそ、ハメネイ師、ロウハ二大統領、一番のチャレンジは、今、起きているこのデモをどうやってうまくマネージして、ハンドルして、爆発的な状況にならないかという、ここが一番のポイントになってくると思うのです。

■弾道ミサイルに見えるイランの意図

山口

そういうことですよね。目が離せない展開になっています。ここで、アメリカとイランの両国の本音が透けて見えるような発言があるので、確認しておきます。まずトランプ大統領です。「我々は素晴らしい軍事設備を持っているが使う必要はない。使いたくない。」と明言しています。一方、イランのザリフ外相はTwitterで、「我々は事態のエスカレートや戦争を求めてはいない。ただ、侵略から自分たちを守るつもりだ。」と発言しているんですね。そもそも両国とも、『本格的な戦闘には入りたくない』という思いが透けて見えるわけですが、そうしたことが、イランが発射した弾道ミサイルの着弾地点を見ても分かってくるわけです。イラクにある米軍基地ですが、弾道ミサイルが着弾した場所を確認しましょう。まず格納庫、そして倉庫とさらにもう一か所、こちらも倉庫が破壊されています。では、この動きをどう捉えたら良いのか、軍事ジャーナリスト黒井文太郎さんに伺いました。すると「大規模な攻撃ではなく、(基地には)致命傷にはならない」、さらに「ピンポイントで狙った攻撃なんだ」と。つまり、ピンポイントで、あえて人がいる場所を外し、格納庫や倉庫を狙ったのではないかと、イランの攻撃を分析しています。しかも今、イラク政府が『イラン側から攻撃を事前に口頭で知らされていた』という報道も出てきています。さらに、イランが1月8日の攻撃直後、スイスを通して、「報復攻撃に反撃しなければ、報復を継続しない」という書簡をアメリカに送ったということなんです。杉田さん、こうやって見ていきますと、やっぱり両国とも本格的な戦闘には入りたくないということになるわけですね。

杉田

そうですね。いろんなメディア報道、特にアメリカ側のメディア報道によりますと、イラン側からの反撃にあった時間の大体、3時間半ぐらい前に、ホワイトハウスの地下にシチュエーションルームというものがあり、そこで、トランプ大統領、ペンス副大統領、国務、国防総省の高官が集まって、いろんな想定のシナリオを検討し、その中でCIAの情報として、明らかにアサド空軍基地などを弾道ミサイルで攻撃するであろうという情報がもたらされ、それを受けて、米兵の避難を指示していたわけです。イラク政府側からもイランによる攻撃が間近だという情報が入ってきたんで、これは間違いないということで、避難を加速したということです。実際、イランの反撃は、アメリカからすると、ほぼ想定通り、予想通りだということ。イランがアメリカに事前のメッセージを出してきたことで、イランとしては、ある意味トランプさんに対し、『イランは、色々考えてやっているよ』というメッセージを出すことができたわけです。ですので、この報復攻撃は、イラン国内に向けた『ちゃんと我々は報復したぞ』というメッセージとともに、アメリカに対しても『我々はこの程度で済ましますから、ちゃんと配慮してくださいね、考えてくださいね』という両方のメッセージだと思うんです。

■司令官の車列にいた重要人物たち

山口

全面戦争を避けようとする動きを見せるイラン政府ですが、「反米感情」は別の形で膨らむ可能性があります。そこを確認して参ります。実は、ソレイマニ司令官が殺害された同じ車列の中に、他に2人の重要人物がいたのです。1人はカタイブ・ヒズボラ(神の党旅団)の指導者、アブマハディ・ムハンディス氏、そして、もう1人がイラク人民動員隊のモハメド・リダ広報部長です。アブマハディ氏は、2009年にアメリカ政府により資産凍結などの制裁対象にもなっていました。つまり、この2人の重要人物が所属していた組織が、アメリカに報復する可能性が考えられるわけです。さらに重要な点があります。それは、ソレイマニ司令官を含めて、殺害された3人ともにイスラム教のシーア派に影響力ある人物なんです。関係する組織から、次々と報復攻撃を宣言する言葉が出ています。同じシーア派のヒズボラ、ハッサン・ナスララ師は「司令官らを殺害したのは米軍であり、彼らがその代償を支払う」と。さらに、こちらもシーア派組織、アサイブ・アフル・ハックは、「今度は我々が報復をするときだ。イランの攻撃を上回るものになると約束する」というように各々声明を出しました。つまり、イランだけではなく、シーア派の各組織から、反米感情を露わにする声が上がってきています。杉田さん、イランとは別の場所で、アメリカへの攻撃のリスクが出てくるのではないでしょうか?

杉田

そうですね。イラン系の組織が中東にはたくさんあって、これまでのイラン系による報復・反撃というのは、今回の1月8日のアサド空軍基地の攻撃のように、実際にイラン本体が手を下すことは非常に珍しくて、むしろ、イラン系シーア派組織が、近くにあるアメリカ軍の基地、あるいは、イスラエルの基地を攻撃するということが多いわけですね。一番有名なのは、1983年に、レバノンのシーア派組織が、ベイルートにあったアメリカ軍海兵隊の基地で爆弾テロを起こし、241人の海兵隊、米兵が殺されたわけですが、そういった行動を起こす可能性があると。その時にイラン本体としては、ハメネイ師も今回言いましたけど、我々の軍事攻撃はこれで終わりだと。ただ、いろんなシーア派団体がやったことに関しては、彼らが独自でやったと説明がつくわけです。イランとしては、『それについては責任ありません』と逃れることが可能であるわけです。いわゆる代理組織、代理攻撃、そういうものはイランという国家の攻撃ではない、と言い訳できるわけですし、これまでもそういうことをやってきているわけですね。

川村

ある意味、イランが育ててきたといってもいい、イラン系のシーア派武装組織の指揮をとっていたのがソレイマニ司令官で、それは、シリア、レバノンも一部入りますけど、イラク、イエメンと、今後そういう人たちが波状的な攻撃を強めていくことが、なによりも予想されます。しかも、それを分かっていて、アメリカとしては攻撃を行っている。つまり、元をたどれば、イランのシーア派が中東地域に拡がるのを防ぐために、イラン・イラク戦争が行われ、アメリカはイラクを支援したんです。その後のイラク戦争で、イラクのスンニ派のフセイン政権が倒れ、シーア派政権が生まれてしまい、アメリカにとってみれば、自分たちにそれが跳ね返ってきて、ちょうど一週間前(1月5日)、イラクは国民議会で駐留米軍撤退を決議したわけです。つまり、シーア派がどういう組織なのかわからずに、イラクの政権を倒すためにアメリカが介入して、その結果、イランに近いシーア派政権も生まれてしまった。いわば、アメリカの自己矛盾が、この中東の混乱を生み出しているということも言えるので、今後、報復攻撃なの拡がりをアメリカはどのように防ぐのかということで、イランも、あんまり過激にやってほしくないのが本音だと思います。

杉田

一言いいますと、今回、ソレイマニ司令官に対する反撃は、イランがやりました。ただ、先ほど説明があった、ムハンディス司令官、モハメド・リダ広報部長、この二人を失ったイラクのシーア派部隊たちは、何もまだ報復をしていないことになりますので、彼らは、依然怒りをたぎらせているわけですね。彼らがどういう報復行動に今後出るのか、非常に警戒していかなきゃいけないですね。

■トランプ大統領は“想定”どこまで?

山口

中林さん、トランプ政権は、ここまで怒りの炎が拡大することを想定していたのでしょうか?

中林

それは、アメリカ国内で今一番問われているところです。特に、大統領選挙が今年ありますので、民主党の大統領選挙候補者たちも、俄然、急に、国際関係をディベートしなければならないほどの問題になってきています。なぜかと言うと、トランプ大統領が、かなりドラスティックな安全保障外交政策を取り始めたからなんです。トランプ大統領の色々な戦略はあるかと思うんですけれども、アメリカ国内で批判の的になっているのが、まず出口戦略は何なんだったのか。それがないまま、このような殺害計画だとか、さらに、イエメンで別のコッズ部隊幹部を殺害しようという計画さえも同時にあったんですね。それは失敗したんですが、それもこれもトランプ政権が主導しているものなんです。出口戦略もなく、そうしたことが起こる場合には、その後いろんなテロが起きたり、アメリカ国民がさらに危険にさらされることになるというのが、批判する側の発言なんです。ただし、今回のイランによる旅客機の誤射が、実は計算外で、トランプ大統領からしたら、まさに、今こそイラン国内でデモをしている人達を応援するとツィートまでしている。それから実はかつて、ソレイマニ司令官をはじめとして、革命防衛隊は、こういうデモが起こると、デモの中心人物などを粛清したりして、相当、非人道的なこともしてきたんですね。ですから、トランプ大統領からしたら、いわゆる、こういう二重構造、三重構造、もしかしたら四重構構造くらいになっている、イランのやり口というものに、厳しい一撃を加えたという出来事だったんじゃないでしょうか。これが、どっちに転がるかというのは、まさにトランプ大統領の計算外の部分があったのですが、今のところ、トランプ大統領に味方するような展開になっています。ただ今後、大きなテロや、サイバー攻撃で、アメリカが大変な目にあったりすると、現在、非難している人たちの言葉のほうが正しかったといわれてしまうかもしれない。そんな時も来るやもしれませんね。それを、トランプ政権は、今、一番警戒しています。大統領選挙で不利になるようなことは絶対に招きたくないので。

山口

杉田さん、結局どうなるかはまだ分かりませんが、そもそも、ソレイマニ司令官の殺害は、これだけのリスクを背負ってもやるべきことだったのでしょうか?

杉田

そこは今、トランプ政権の人々はいろんな言い方をして、「これは絶対やらなければいけないことだった」という説明していますよね。ただ、ソレイマニ司令官が指揮する米国に対する攻撃計画が切迫していたから、それを潰すためにやったんだと言いますけれど、それは具体的にどこで、どういう攻撃なのか。トランプさんは、昨日の段階になって、「実は、バグダッドのアメリカ大使館を含めて、4つのアメリカの施設が攻撃対象だった」というふうに言っているんですけども、それがどうもまだはっきりしていない。それから、他の政府高官は、「いやいや過去にソレイマニ司令官が指揮するいろんな作戦で、アメリカ人は数百、数千人殺されているんだから、この人は危険人物だ」と言う。これから起きることを防ぐためだったのか、過去に起きたことの懲罰として今回殺害したのか。そこがグラグラ揺れているんですよね。ですので、やっぱり民主党、野党は当然ながらそこを突いてきて、トランプ大統領の危険な直情径行型、そういう指導力でいいのか、というところを非難しているわけですね。

川村

国防総省も、この作戦をトランプ大統領に進言した時に、これ(ソレイマニ司令官殺害)は最も極端なことだから、『トランプ政権は選択しないだろう』と。しかし、トランプ大統領は、国防総省が狙っていた中心的な計画ではなく、一番過激なソレイマニ司令官の暗殺を選択した。これは、アメリカの国務省にとっても、国防総省にとっても、非常に誤算だったと。トランプ大統領のその場主義を見抜けなかった。だから、初めからこの選択肢を載せなきゃ良かったのではないかと言われているんですね。この選択が、今後、跳ね返ってくるかもしれないわけですから。トランプ大統領としては、なんとか大統領選に一番有利な選択が何かを考えなければいけないのです。解任されたボルトン大統領補佐官なんか、それ見ろと、俺が言った通りじゃないかと。『この機会にイラン政権を壊すべきだ』という過激な主張が出てきていることが、アメリカ国内が分断されてきているってことですよね。

■台頭するシーア派 2つの「三日月地帯」

山口

今後、反米感情がどちらへ向かうのか読み切れないのですが、ここで、注目したいのが、中東におけるシーア派の動きです。勢力を確認してまいります。こちら、色が濃いほど、国民の中でシーア派が占める割合が高いことを示しています。イランは国民の90%以上がシーア派です。続いて、イラクやイエメンにシーア派が多くなっています。赤い点は、攻撃対象になりうる米軍基地がある場所を示しています。クウェート、バーレーン、カタール、そしてUAEなど、ペルシャ湾沿いにも非常に多く展開されているわけです。この米軍基地を囲むように、シーア派の動きが拡大しています。イランからイラク、シリア、レバノンにかけた「シーア派三日月地帯」。しかし、これだけには留まらず、南側にも、もう一つシーア派の三日月地帯がイランからカタール、サウジアラビアの東部、イエメンへと伸びてきているということでこのダブル三日月地帯に米軍基地が囲まれる展開になっているというのです。 そして、この南側の三日月の端に位置するイエメンには、フーシ派という武装組織があります。その規模は18万から20万人といわれています。去年9月、サウジアラビアの石油施設への攻撃で、犯行声明を出したこともありました。つまり、シーア派を中心に「反米感情」が色々なところで高まってきているということが考えられるわけです。杉田さん、シーア派が勢力を拡げている実態はあるのでしょうか?

杉田

そうですね。特に、21世紀入ってから、アメリカがイラク戦争を始めて、シーア派と対立して軍事力をもってシーア派を封じ込めようとしていた、スンニ派のサダム・フセインというイラクの大統領が結局敗北し、処刑されたということで、イラクは元々シーア派の人口の方が多かったですから、イラクに対してイランが結局、影響力を強めていったという経緯があって、イラクの西側にあるレバノン及びシリアは、イラン系シーア派、あるいはイラン系の人々が多くて、こことイランを結んでしまったと。つまり、イラクというスンニ派の拠点が消えたことで、結んでしまったわけです。さらに、イエメンについては、イエメンの内戦でイランの色々な支援を受けているフーシ派が、サウジなどアラブの連合軍に対して、互角かそれ以上の戦いをしているということで、これがまたイラン派の意気が上がっているわけです。そのサウジを支援しているのが、アメリカということですので、そういう中で地図を見ると、アメリカ軍がシーア派の三日月に囲まれる形で存在してしまっているという状況ですね。

山口

そのイエメンでは新しい事実が報道されています。

桝田

アメリカ・ワシントンポストによりますと、アメリカはソレイマニ司令官を殺害したのと同じ日に、イエメンで別のイラン司令官の殺害を試みて失敗していたというんです。攻撃の対象となったのは、アブドル・レザ・シャハライ司令官という人物で、イラン革命防衛隊・コッズ部隊の現地司令官です。過去にアメリカ人の殺害、駐米サウジアラビア大使の暗殺未遂に関わったとされていて、去年12月アメリカ国務省が1500万ドルの懸賞金をかけていました。中林さん、アメリカはイランに打撃を与える大規模な作戦を展開していたということでしょうか?

中林

その証左にこれがなりますよね。 したがってかなり覚悟を決めてその二重構造、三重構造、四重構造を招いているコッズ部隊というイランの懐奥に大きな打撃を与えるというのが、トランプ大統領の選択だったと言えると思います。11日にはタリバンが、アフガニスタンでアメリカの軍人を2人殺害し2人負傷させたニュースが出て来ていますけど、もう既にそういった四重構造ぐらいのところで、色々なテロ組織の動きというのが出ていますが、こういったことが起こっているのも、トランプ大統領から言わせると、アメリカのかつての政権が中東で長いこと実行してきた作戦や政策のつけが、今こうして、トランプ政権に回ってきていて、だからこそ、トランプ政権が苦労しているという側面を指摘もしているんですね。

山口

そうした中で、米軍基地が中東に展開されているわけですが、地図の中の赤い点は、米軍基地を示しています。米兵はクウェート1万3000人、バーレーン7000人、カタールに1万3000人、ペルシャ湾を中心に展開していますが、シーア派の三日月はそれを囲むように存在していますイラク国内には、アサイブ・アフル・ハックというシーア派組織、規模は7000人から1万人。先ほど紹介した、アメリカに報復すると声明を出した組織です。さらに人民動員隊というシーア派組織、規模は不明ですが武装勢力の連合体で、ソレイマニ司令官とともに殺害されたムハンディス氏は、この組織の副司令官、モハメド・リダ氏は広報部長でした。さらに西に行きますと、イラクとシリアをまたにかけるカタイブ・ヒズボラがあり、規模は自称3万人以上、ソレイマニ司令官とともに殺害されたムハンディス氏は、この組織の指導者でもありました。そしてレバノンには、ヒズボラがあり、規模は最大で4万5000人。シーア派の組織が米軍基地を囲むように存在しています。

■「イラン核合意が問題の根源に」

山口

それでは、今後の展開を考えていきたいと思います。トランプ大統領は、1月8日、「イランは2013年に署名された馬鹿げた核取引の後、その攻撃性を増した」と、今回ソレイマニ司令官を殺害した理由を語っています。つまり、トランプ大統領が目の敵にしていたのは2015年7月のイラン核合意の締結で、核合意には「弾道ミサイルの開発」が含まれていなかったのではないかと指摘しているわけです。そして、怒りの矛先はオバマ前大統領に向けられていて、トランプ大統領は2018年5月、アメリカは、一方的に核合意を離脱したわけです。こうした中、イランの核合意は今、窮地に陥っています。イラン政府は1月5日、「イランはいかなる制限も順守しない。それにはウラン濃縮度、貯蔵量、研究開発が含まれる」と核開発を制限なく行うと宣言したのです。これに対してEUは、「核合意の完全順守に立ち戻るように改めて要求」しました。そして、トランプ政権はイランに対し新たな制裁を発動しようとしています。「イラン最高安全保障委員会の高官8人、イランの鉄鋼産業を制裁の対象に指定する」と発表しました。ここまでの動き、杉田さんはどうご覧になりますか?

杉田

イラン核合意がすべての問題の根源にあると思います。これを離脱したトランプ政権、トランプ大統領の決断、決定自体が、事態をこれだけ悪化させたそもそもの原因だと思います。それは、アメリカの内政上の理由で、先ほどでていたオバマ政権に対する反発だと思うのですが、このイラン核合意の問題をイランと米国が合意できる形で前に進めない限りは、いろんな軍事的緊張、今回のウクライナ旅客機撃墜も含めて、事態が好転する可能性はないと思います。イラン側から見ると、報復攻撃をして、新たな制裁が付け加ってきたと。それから、トランプさんは、イランの制裁は解除しないと言っている。結局、何も状況は好転していない。むしろ悪化している。となると、イランは再び軍事的緊張を起こして、アメリカを脅して揺さぶって、核問題と制裁について何か新しい局面を作り出す、という作戦、いわゆる瀬戸際作戦しかないということになるので、またこういう事が起きる可能性があると思います。核合意に対して、日本も含め国際社会は、トランプさん、イランを説得する行為、国際的外交というのが、まさに今、非常に求められていると思います。

川村

今、一番困っているという意味では、ヨーロッパですよね。ドイツなんかは非常にイランとの関係も深くて、核合意をきちんとイランも守ってほしいと言っていますけども、本当は、もう一回、トランプ政権なりアメリカが、核合意に新たなプラスアルファを付けていいから戻ってきてほしい。そして、かつての核合意を、より少し進歩させたような形にすれば、イランも強引に核開発をやるということではないので、そこを模索しているということで、今、日本も安倍総理が中東へ行っていますが、基本的には、この核合意に戻るような形を、トランプ政権に進言できるかどうかということを中東各国も見ていると思います。

杉田

今回の一連の緊張が、新しい外交のステージに行かなくてはいけないという触媒的な役割を果たすかもしれないですよね。このままいくと、悪のスパイラル、報復のスパイラルで、いつかもっと巨大な悲劇、大惨事が起きるかもしれないということですよね。それを止めるには、たまたま今回、色々なことが起きて、ちょっと緊張がゆるんでいるので、ここを利用しない手はないと思います。

山口

そういう中で、きのう(1月11日)明らかになったのですが、9日、アラビア海で、アメリカ軍の駆逐艦に、ロシア艦艇が異常接近する事態が発生しました。アメリカ軍の駆逐艦から撮影された映像ですが、ロシアの艦隊がかなり接近しているのがわかります。54mまで迫っていたということで、衝突しそうな危険な状況です。実はロシアは、イランに急接近していまして先月、イラン、ロシア、中国などがオマーン湾などで合同軍事演習を行っていました。さらに中国は、イラン核合意の動きに関して、中国の耿爽コウ・ソウ報道官が、「イランは外部要因によって仕方がなく約束を破ったものの、抑制的な態度を見せている」と言うように、ロシアや中国は、どちらかというとイラン側を擁護するような動きになってきています。杉田さん、こういう複雑な国際的な動きも絡み合っていますがいかがでしょうか?

杉田

イランが今回、撃墜、誤射を認めたという事の一つには、おそらく、中国とロシア、さらに欧州が、一連の司令官殺害及びイランによる報復に対して、それほどイランの側に立ってくれてないなという実感があったんだろうと思うんですね。中国とロシアは、イランとアメリカの対立で、イランを応援しているようなそぶりを見せながらも、やっぱりアメリカと本格的な対立をしたくないと。特に中国は貿易の問題もあるので対立したくないと。その辺、なかなか複雑な国際情勢が、この問題にそのまま反映されているなという気がしていますね。

■安倍総理は中東歴訪へ 自衛隊の派遣も決定

山口

こうした状況で、日本の役割、今後どうしたらよいのか考えていきます。安倍総理はきのう中東歴訪に出発しました。サウジアラビア、UAE、オマーンの3か国を訪問します。ただ、ここまで二転三転しました。2019年12月4日の段階で、1月中旬の歴訪を検討していましたが2020年1月3日にソレイマニ司令官の殺害、さらに8日には米軍基地が攻撃されました。それを受け政府は、中東歴訪延期を検討しましたが、その後、トランプ大統領が「イランに対して軍事行動による対抗手段を取らない」と明言したことを受けまして急きょ、再び中東訪問が決まりました。そして、菅官房長官は「事態のさらなるエスカレーションを避けるため、3か国との間で意見交換を行う」、サウジ、UAE、オマーンとの間の意見交換という意味ですね。さらに、自衛隊の中東派遣が決まりました。期間は、1月20日~12月26日まで。場所は、オマーン湾、アラビア海北部、アデン湾の3海域の公海。ここに護衛艦「たかなみ」、さらにP3C哨戒機2機を派遣します。派遣される自衛隊の隊員数は260人超。目的は、治安情報収集。派遣の根拠となっているのは、防衛省設置法4条の「調査・研究」です。ただイランの革命防衛隊は「各国の領土が米国による攻撃に使われた場合、イランの反撃の標的になると」とアメリカの同盟国に警告しています。河野外務大臣は、「緊張が高まっているからこそ、日本関係船舶の航行の安全に必要な情報収集活動を強化していかなければならない」と話しています。杉田さん、どんなところに注目されていますか?

杉田

今回、革命防衛隊が、ウクライナ旅客機撃墜という事で、大失態を演じましたので、おそらくハメネイ師は、革命防衛隊に「しばらく静かにしておけ」と、指示を出していると思います。それから、シーア派の民兵組織に対しても、当面は動くなと。これ以上動いたら、イランがますます不利になると。ということから、短期的には安定するのではないかなというのが、私の率直な思いです。

山口

中林さん、日本についてはどんな事を考えていますか?

中林

おそらく日本はアメリカの顔も立て、そしてイランとも外交的に仲良くするという難しい線から、今回、治安の情報収集などに限定して行うということになったのでしょうし、それから、安倍総理も中東訪問を決行することになりました。ということは、中道、真ん中をとるために、今回、アリバイ的な活動をしたということがかなり大きいと思います。さらにはイランの核合意ですが、アメリカと中東の仲を取りまとめられれば、イランも含めて、安倍政権としてはいいかもしれませんけれど、トランプ大統領は、核合意にそのまま戻るなんてことはあり得ません。今回のイランによる空爆後の公式声明も、やはりアメリカの選挙を睨んた演説のようになっていましたので、今後もアメリカは当面このまま進んで行くことになると思います。

川村

今回、一番大きな安倍総理の3ヵ国訪問の中では、ロウハニ大統領とも会っていてイランとは非常に良い関係を保ち続けて来ている中で、イランと対立するサウジアラビアとUAEで、日本の立場をきちんと説明する仲介的な意味もあります。今回、最大の焦点は、一日滞在しないのですが、オマーンに最後寄ることですね。二つの目的があります。オマーンのカーブース国王は病に伏してこの間(2020年1月10日)亡くなりましたから、その弔意もあります。そして自衛隊が情報収集とか言っていますが、P3C哨戒機は、海賊対処もしなくてはいけない。もし仮に自衛隊が攻撃を受けたり、あるいは修理をしなくてはいけないとか、ハプニングが起きた時、どこに寄港するかと言うと、オマーンに寄港してオマーンにお世話になるということが想定されていますのでイランとも良好な関係にあるオマーンに、今後の要請をするということが大きな目的なんですね。自衛隊になにか不測の事態が起きることは良くないんですけれど、そういう対処もせざるをえないという事です。

山口

この後の動きもしっかり見て行きたいと思います杉田さんと中林さん、きょうはどうもありがとうございました。

(2020年1月12日)