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#153

豊臣兄弟 中国攻め!戦いの流儀

「豊臣兄弟」の足跡を訪ねる旅、第3弾。旅人は俳優・内藤剛志さん。秀吉・秀長の兄弟が、中国地方を押さえていた毛利を攻略する「中国攻め」で見せた「戦いの流儀」を紐解いていきます。
最初に訪れるのは、日本初の世界文化遺産に登録された「姫路城」です。実は姫路城、秀吉や秀長がともに城主を務めた、二人にとってゆかりの深い場所。山陽道が通り交通の要衝であるこの城を、秀吉は中国攻めの拠点にしようと考えていました。そこで秀吉が取ったのが、1つ目の流儀「相手の心を掴む」です。もともとこの地方は、織田と毛利に挟まれ、どちらにつくか揺れていました。秀吉は姫路城を統治していた黒田官兵衛に、「弟の秀長のように思っている」と書いた書状を送るのです。心を打たれた官兵衛は、姫路城を明け渡します。さらに姫路城には、もう1つの戦いの流儀も見て取れます。それは「相手を諦めさせる」ということ。秀吉は官兵衛から献上された城を強固な石垣で固め、黒く威圧的な外観へと大改築しました。「攻めても無駄だ」と思わせたのです。

続いて向かうのは、兵庫県朝来市にある「竹田城跡」。雲海に浮かび上がる幻想的な姿から「天空の城」と呼ばれる観光名所です。この地は山陰道の通る要衝であり、姫路城とともに中国攻めにおいて重要な拠点でした。そんなこの場所を統治していたのが弟・秀長です。漁師に正式な漁業権を認めたほか、人々への労働税の免除や旅人の宿代の適正料金を定めるなど、手厚い統治を行いました。こうして「民を味方につける」ことで、統治を盤石なものにしていったのです。
4つ目の戦いの流儀は「経済力で戦う」です。そのことがわかるのが「生野銀山」。戦国時代、流通を支えていたのが銀であり、この生野銀山は日本最大級の銀の採掘量を誇っていました。そんな銀山を手に入れ莫大な資金源を得た豊臣兄弟は、備中高松城の水攻めなど正面衝突を避け、毛利を苦しめるのです。
「相手の心を掴む」「相手を諦めさせる」「民を味方につける」「経済力で戦う」――これらはすべて二人のある想いに通じていました。一体それは?農民出身の兄弟ならではの哲学に迫ります。


【専門家出演者】
●歴史作家
河合 敦さん
 
●朝来市教育委員会 文化財課
中島 雄二さん